第125話 帰宅そうそう

「こちらに何の御用ですか?」

 完全武装の騎士2名が俺達の行く手を塞いだ。温かみの欠片も無い声に、ティアナがぎゅっと俺の手をつかむ。

「用もくそも俺の家なんだが、お前たちこそなんだ?」

 まさか自分の家に入るのに尋問されることになるとはびっくりだぜ。


 騎士たちが俺の言葉に反応して僅かに反応する。そこでキャリーに聞かされた話を思い出した。

「ああ。チーチの身辺警護か。ご苦労さん。俺はこの家の主のハリスだ。名前ぐらいは聞いているんだろ」


 まあ、俺の人相を知らないということか。そういえば、ゼークトの屋敷でも似たようなやり取りがあったなと思いだす。あの時はエレオーラ姫が口をきいてくれたが、さて今日はどうすっか? 手っ取り早い方法を取る。

「おい。チーチ。帰ったぞ!」


 家のドアが開いてチーチが顔を見せた。

「あら。ハリス。お帰りなさい」

 ととっと騎士たちをすり抜けて俺に抱きつく。騎士たちは緊張を解き、俺に対して詫びを言った。


 チーチは俺への抱擁を解き、中に入りながらティアナの手を取る。

「うん。首輪が無くなってすっきりしたね。ティアナ。でもさあ、ハリス。そこは何か新しいネックレスかチョーカーを買ってあげるところじゃないの? ついでにあたいにも」


「何調子いいこと言ってんのよ。ハリス。ティアナ。お帰りなさい」

 ジーナはティアナを抱き寄せる。ティアナは豊かな胸に埋まった。ちょっとだけ羨ましい。その様子をコンバも凝視していた。俺とコンバの様子を見て、チーチが変な笑みを浮かべている。視線で余計なことを言うなと制止するとペロッと舌を出した。


 タックがニックスを連れて庭の方から入ってくる。ニックスが体をティアナにこすりつけた。

「おっちゃんたち帰るのが遅いじゃんか。何してたんだよ?」

 会うなりいきなり文句かよ。ん? 心なしか少しやつれたか?

「ティアナ。今日は食事作ってくれよな。いない間、ひどい……」


 タックの両ほほを左右からジーナとチーチがつまむ。2人とも口角が上がり禍々しい笑いを顔に張り付けていた。

「タック。何か言ったかしら?」

「毎日ちゃんと食事はさせていたでしょう?」


「姐さんの料理結構うまかったっすよ。ちょっと焦げたりしてましたけど」

 コンバ。後半が余計だ。ティアナは買い物かごを取ってくると俺の手を取った。

「ハリス。夕飯の買い物一緒にいいですか?」

 ジーナとコンバがおやという顔をする。


「あ。あたいもついてく。ずっとお留守番だったんだからね」

 チーチが俺の反対側の腕を取った。ジーナがタックに笑いかける。

「それじゃあ、ゆっくりお話をしましょうね。タック?」

 俺は慌てて家を出る。中から悲鳴が聞こえたが長くは無かった。


 途中で、ボックの店に寄る。代金を払って新しい皮鎧を着込んだ。まるで今までの物と変わらないかのようにぴったりと体に馴染む。

「かっこいいです」

「あたいも男ぶりが上がったと思う」


 その様子を眺めてボックは俺を冷やかした。

「さすが色男は違うねえ。お、そうだ。お嬢ちゃんもぐっと良くなったよ」

 ボックは自分の首回りを撫でる。

「ありがとうございます」


「ハリスも鎧を新調したし、これからガッポガッポと稼ぐだろう。新しいアクセサリーを買ってもらいな。うちの店でな。それぐらいの甲斐性はあるよ、この男」

「余計なことを言うんじゃねえ」

「あたいもアクセサリー欲しい」

 ティアナは黙って頭を下げた。


 ギルドに寄ってジョナサンにも声をかける。

「あ。ハリスさん。新しい鎧いいですね。バラスを倒した風格が出てます」

「なんだよ。中身だけじゃ名前に釣り合わないってか?」

「何言ってるんですか。衣装は大事ですよ。それで、新人育成、いつからお願いできます? 結構な数の応募があるんですよ」


 打ち合わせをして、食料品店に向かう。おかみさんのクラリスにも褒められた。

「これであんたもなんとかティアナちゃんの横に居てもなんとかサマになるわね」

「ハリスは元々かっこいいです」

「そうだったわね。今日はこれがお勧めだけどどうする?」


 家に帰り、夕食の支度ができるまで庭でタックと遊んでやった。いい匂いが漂いだしたので中に入り料理が出てくるのを待つ。そこへドアをノックする音が響いた。夕食時の客はろくなものじゃない。ん? 門番は何してるんだ? 舌打ちをしようとするとキャリーの声が響いた。出てみると酒の容器を抱えてニコリと笑う。後ろにはシルヴィアが居た。


「招かれざる客とは言わせないわよ」

 キャリーは酒の名を告げる。芳醇な香りで名高い銘酒。俺が道を空けようとするとまた声がかかった。

「ハリスさん。こんばんは」


 見ればエイリアが包みを下げてにこやかに笑っている。

「随分とお戻りが遅いので何かあったのか心配しましたわ」

「ハリスは王都でもまた活躍したみたいよ」

「どうしてキャリーさんがそれを?」


「父に呼び出されて、ちょっと実家にね。偶然ハリスが通りかかって、随分前にお酒を奢らされたお返しをしてもらったというわけ。そういえば、あなたの弟さんにも会ったわ。ハリスにいちゃもんつけてたわよね?」

 キャリーは俺に問いかける。俺はああともうんとも言えない。 

 

 エイリアの表情が目まぐるしく変わった。

「あら。弟がご迷惑をおかけしたのでしたら申し訳ありません。今度厳しく叱っておきますわ。そうそう、今度、コウモリ亭ででもお詫びにお酒を御馳走させてください」


「そうですね。いずれ機会があれば。ところで、その包みは?」

 エイリアはよくぞ聞いてくれましたという笑みを浮かべる。

「いつもご馳走になってばかりですので、料理を作って来ました。お口にあえばうれしいのですけれどキャリーさんはお酒ですか。料理はできないのね


 エイリアは視線をキャリーの持つ酒の容器に向けて、うっすらと笑った。

「へえ。ティアナの料理と張り合おうなんて度胸あるじゃない。期待していいのかしらまあ無理じゃない?」

 キャリーは無邪気に返す。


 俺はげっそりとしていた。2人の言葉の裏に潜む心の声が心臓に悪い。

「まあ、立ち話もなんだし、中へどうぞ。ちょうど夕食にしようとするところだったんですよ」

 招き入れながら俺は先行きを思いやってため息をついた。

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