第122話 愚痴話

 早くゼークトの屋敷に戻ってティアナの顔を見たいと思う気持ちもあったが、先日ティアナに父親呼びされたことが微妙に引っ掛かっていた。店に入り酒の匂いを嗅ぐと自然と喉が鳴り、1杯引っかけたい気分になる。開店早々の店の隅の2人掛けのテーブルに腰を落ち着けると、エールを2杯頼んだ。


 早速運ばれてきたもので口を湿らす。話を始めようとしたところで珍客が乱入した。カーライルが口から泡を飛ばす。

「このゲジゲジ虫より嫌われ者の薄汚いシーフめ。姉をたぶらかしておきながら、別の女と密会しようとは。このクズ。カス。人でなし」


 キャリーがゆっくりと立ち上がる。腰の剣に手をかけていた。

「今、私が大事な話をしようとしているところなの。邪魔しないでくれる? それともうまくしゃべれないように舌を切り落とした方が早いかしら?」

 キャリーの体から良くないものが放射されている。結構本気で怒っているようだ。


「なんだと?」

「私とハリスは単なる同僚よ。違うわね。信頼できる仲間。あんたの考えてるような関係じゃないから。お互いに異性としては髪の毛ほども意識してないわ。あんたの大切なお姉さまがハリスのことをどう思おうと勝手だけど、あんたが口を出す話じゃないでしょ」


「姉はその男に騙されているんだ」

「はいはい。そう思いたければ好きにすれば。ただ、今は先約があるの。出直してくることね。それとも力づくで来る?」

 俺はカーライルの顔を見ながら頭を抱えたくなった。もうこれ以上煽るなよ。


 しばらくカーライルは睨んでいたが、プイと顔を背けると足音高く出て行った。キャリーは鼻で笑うと席についてジョッキを手にする。

「まったくもう。騒がしいったらありゃしない。あんなんが居たんじゃエイリアも苦労するわね。まあ、あの人も大概だけど」


 その点には触れないようにして俺は話題を変える。

「それでキャリーさんは何で飲みたい気分なんだ?」

 なんとなく想像はつくが、ここはキャリーに語らせよう。

「父親のことなんだけどね」


 キャリーはジョッキをぐいと傾ける。

「騎士に復帰できる任務があるから手を挙げろというの」

「そいつは悪くない話じゃないか」

「任務の中身というのが退屈なのよね。聞きたい?」


 話の成り行き上、聞きたいと返すしかない。

「ハリスの家の警備。正確にはチーチさんの身辺警護ね。つまり、ハリスが面白そうな冒険に出かけるのを指をくわえて見てなきゃいけないってことよ。ただの身辺警護なら我慢もできるけどさ」


 ゼークトと大トンネルに潜った時に置いていったら散々文句を言われたのを思い出す。キャリーはジョッキを空けるとお替りを頼んだ。おいおい、ペース早くないか。

「ということで断ったのよ」

「それで喧嘩でもしたのか?」


「それがさ……さらに父親が変なことを言いだして」

 キャリーはお替りを受け取ってぐいと飲む。

「あなたとの関係はどうなんだとか言いだすのよ」

 俺はうかつな返事ができない。


「なんか、ハリスの噂を聞きこんだみたいで、あの男になら嫁に出してもいいとかいうのよ。まったくもう。私がやっと色恋抜きで話ができる友人を見つけられたと思ったのにそれを全否定するのだもの。本当にわが父ながら腹がたつわ」

「キャリーさんにとって俺が趣味でないというのは良く分かったが……」


 キャリーは良くない目つきをする。

「ハリスでもその辺は分からないか。女が第一線で騎士をやるのは大変なのよ。そうじゃなくても月に数日辛い時期があるし、そんな時に遠征とかがあると最悪なの。そして、信頼できる人ができたかと思ったらすぐにベッドへのお誘いでしょ。私は恋人じゃなくて友人が欲しいの。あなたとゼークトさんみたいなね」


「じゃあ、ゼークトでいいんじゃないか?」

「いずれはね。でも、今一緒に働いてるのはあなただから。あなたは私に色目を使うことはないし、冒険者として優秀だし理想的ってわけ」

「まぜっかえすようだけど、俺が今こうしているが下心が無いといいきれるのか?」


「その点はまったく心配してないわ。だって、あなたはティアナに夢中だもの。私なんか眼中にないでしょ? まあ、気持ちは分かるわよ。あの子はいい娘だし」

 なんだよ。その断定は。そんなに外見に出してないつもりなんだがな。

「何よ、その不服そうな顔。自分の好きにできる奴隷からわざわざ解放するほどなんだからバレバレよ」


「えーと、それで父上は俺の何を聞きこんだのかな?」

「話を逸らそうってのね? まあいいわ」

 ジョッキを空けたキャリーは手を挙げて追加を注文する。そして声を潜めて聞いた。


「ハリス。あなたって実は陛下のご落胤?」

「はあっ?」

 間抜けな声が出た。

「最近聞いた中じゃ最高のジョークだぜ。俺がそんなやんごとない身分に見えるか?」


「見えない」

 あっさりとキャリーは否定する。

「でも、ガブエイラが宰相にこっぴどく叱られていたって話なのよね。捕縛してマーキト族に引き渡したって復命した時の話よ。そういえば、今日もあなた宰相に呼ばれてたでしょ?」


 ためらったが頷いた。ここで変に嘘はつきたくない。

「頼まれた仕事の報告をしに行っただけだけどな」

「内容は話せないってわけね。それは仕方ないわ。でも、変よね。一介の冒険者が直接宰相に呼び出されるなんて。そういうこともあってあなたの立場は色々と憶測されてるわよ」


「だからと言ってご落胤というのは傑作すぎるぜ」

「それはそうね。それで、その傷は?」

 俺はかいつまんで事情を説明する。

「それじゃあ、ティアナちゃん心配してるわね。悪かったわ」


「もう満足したのか?」

「こうやって愚痴をこぼせたからね。聞いてくれてありがとう」

「まあ、酒飲んでただけだがな」

「それでいいの。じゃあ、早く帰らないと」


「別にそれほど急がなくても」

「なんでよ。私も2人の仲は応援するわよ」

「ティアナは俺のことを父親代わりとしか思ってないけどな」

 その辺のいきさつを説明するとキャリーは憐みの視線を向ける。


「あなたねえ。そんなの照れ隠しに決まってるでしょ。もし、そうだとしてもハリスが口説かなくてどうするのよ。当たって砕けろだわ。頑張ってね」

 キャリーは残りの酒を飲み干す。俺も慌ててジョッキを空けると立ち上がった。

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