第121話 間の悪い誘い

「ハリス!」

 ガブエイラ・マルクが叫ぶ。ヨハンは不思議そうな顔をして振り返った。

「叔父さん。この方はハンク様ですよ」

 ヨハンは俺に向き直る。


「ハンク様。ようこそ。こちらは私の叔父の……」

「ガブエイラだな。赤竜騎士団の」

「え? ご存じでしたか?」

 驚くヨハンの後ろでガブエイラが慌てた顔をする。


「まず。俺の本当の名はハリスってんだ。仕事で名前を使い分けることがあってね。今回はハンクと名乗ったが、叔父さんは間違ってない」

 ヨハンは目をキラキラさせた。

「いくつも名前があるなんてかっこいいですね。あ、すいません。いつまでも立ったままで。こちらへどうぞ」


 宰相のところと比べても見劣りしないような立派なソファに腰を下ろす。向かいにはヨハンとガブエイラ。顔色の悪い男はヨハンの後ろに立っている。こいつが誘拐犯ジェイクを捕らえた護衛か。サリバンが茶と軽食を運んできた。軽食といっても豪華なものだ。腹が減っていたので遠慮なく頂く。ヨハンが聞いた。

「ところで、叔父上とはどこで?」


 ガブエイラの顔がわずかに曇る。どうやら先ほどからの様子から見るに、ガブエイラはヨハンを可愛がっており、ヨハンは叔父を慕っているようだ。ここで俺に余計なことを言われて信頼を失いたくないのだろう。肉とチーズと野菜を挟んだパンを飲み下す。


「この間危ないところを助けて貰ったんだ。それから遠くまで護送してもらったよ」

 まあ嘘は言ってない。ゾーイの襲撃から救ってもらったのは事実。マーキト族のところまで護送されたのも間違いない。後ろ手に縛られたり、俺の頭蓋骨で作った酒杯を見て大笑いするとか言われたりしたけど些細なことだ。


「あれだけの腕をしているのに、叔父上に助けてもらう必要があったんですね? 送ってもらった時に騎士の方が感心してましたよ」

「まあな。その時は待ち伏せされてたんでな。天下に名高い赤竜騎士団に助けて貰えなきゃどうなっていたか」


「そうなんですね。あれ? でも、ということは、ハリスさんは騎士団が動くほどの重要人物ってことなんですね」

 へえ。こいつは頭の回転が速いな。

「まあ、助けて貰ったのは半分偶然みたいなもんだがな」


「ねえ。叔父様。どういうことだったんですか?」

「それはお前にも話せないな。機密事項なんでね」

「わあ。ということはやっぱりハリス様はそれだけ凄い方ってことですね」 

 ガブエイラは渋い顔をしている。話をぼやかしたつもりが逆効果だ。

 

 そろそろ、俺もこの心温まる会談を切り上げたくなってきた。

「色々と心労もあったろうし、少し休んだ方がいい。俺もちょっと疲れた。そろそろお暇するよ」

「そうですね。もっとお話を聞きたいですけど、それはまたの機会にお願いします」


 ヨハンはごそごそと革袋を取り出した。

「少額で申し訳ないですけどお礼です。受け取ってください」

 コトリと置かれた革袋は小さい。音からしても中身が金貨ということはないだろう。


「悪いがこれは受け取れないな」

 ヨハンは顔を赤らめた。

「僕はまだ自由に使えるお金があまり無いんです。父が厳しいもので。これが今お出しできる全額です。大人になったらきちんと改めてお礼ができるのですが」


 俺は密かに感心する。金持ちのボンボンかと思っていたが、どうしてなかなか躾が行き届いているじゃないか。後ろに控えているサリバンが優秀なのかもしれない。

「いや。金額の問題じゃない。俺は子供からは仕事の報酬を取らない主義なんだよ」

「でもそれでは僕の気持ちが収まりません」


「俺にも当然ガキだった頃があってな。その時、随分と世話になった相手がいた。世話になり過ぎてさすがに後ろめたくなって、その相手にお礼のことを言ったんだ。そしたら、ゴツンと拳骨を食らったよ。ガキが生意気言うんじゃねえ。どうしてもって言うなら、お前が大人になったときに困ってる子供を助けてやれって怒られたよ」


 ヨハンは俺の言葉を聞き終えるとしばらく考え込んだ。

「分かりました。そういうことならハリス様からのご恩は僕が大人になった時に誰かに返すことにします」

「そうしてくれると俺も嬉しい」


 ヨハンは革袋を引き寄せると袋を開けて銀貨を2枚だけ取り出す。

「でも、これだけは受け取ってください。お礼じゃありません。僕が噛んでしまった左手の治療代です」

「そこまで言われたら受け取らざるを得ないな。だが2枚は過分だ」


 俺は銀貨を1枚だけつまむ。

「これで手打ちにしようぜ」

 俺はさっと立ち上がる。表まで送ろうとするのを押しとどめて屋敷を辞去した。ジグムンドともう一人の騎士に挨拶する。


「ハリス!」

 張りのある声にジグムンドの顔が輝いた。振り返ると銀色に輝く短い髪の毛をなびかせながらキャリーが駆け寄ってくる。

「キャリーさん? どうしてここへ?」


「私の実家はすぐそこだからね。ちょっと父親に呼び出されてさ。こんなところで会うとは奇遇だね」

 横合いからジグムンドが声をかけてくる。

「や、やあ。キャリーさん。久しぶりです」


「あら。ジグムンド。久しぶり」

 それだけ言うと俺の腕を取った。

「この間の飲み代の貸しをまだ返して貰ってないわね。ちょうどいいや。奢ってよ」

 背中にジグムンドからの圧を感じる。


「まだ夕暮れまでには時間があるし、お店開いてないんじゃないかな」

 慌てて言う俺の気持ちは全く通じない。

「大丈夫よ。向こうにいい店知ってるから」

 仕方なく俺は引きずられるようについていく。


「急にお酒を誘うなんてどうしたんですか?」

「え? 面白くないことがあったから気晴らしに飲もうってだけよ。本当にいいところで会ったわ。持つべきものはいい友ね」

「はあ」


 俺の気の無い返事にキャリーさんは眉をあげる。

「何よ。仲間が誘ってるんだから文句を言わずに付き合いなさいよ」

「いや。そうなんだが、丸2日ほどティアナをほったらかしにしてるので心配してねえかなと思ってね」


 キャリーは立ち止まって俺の顔をしげしげと見る。

「言われてみれば、その顔どうしたの? 分かった。ティアナちゃんに変なことしようとして引っぱたかれたんでしょ。やーね」

「ちげーよ」

「ま、いいわ。その話も聞いてあげるから。ほら、ここよ。もう営業してるでしょ」

 キャリーは有無を言わさない感じで俺を店の中に押し込んだ。


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