第118話 隠れ家

 ジェイクの案内で古びた建物に入って行く。どこかの貴族の狩猟用の別館かなにかで、長いところ使われていなかったもののようだ。朽ちてはいないもののあちこちにガタはきている。廊下を進んで部屋の一つの手前に立つとジェイクは小声で言った。

「カッコウは舞い降りた」


 ジェイクは得意そうに鼻をうごめかす。なんだよ、そのセンスの無い合言葉。しばらく間があった。ジェイクはおや、という顔をしている。中から声がした。

「ジェイクか?」

「そうだ。開けても大丈夫かい?」

「良く逃げ出せたな。ちょっと待て」


 中で重いものが動く音がする。良しとの声がかかるとジェイクは扉を押し開けた。入るとジェイクと似た風体の男が2人おり、俺を見て大型の弩を構える。

「誰だ、てめえは?」

「ああ。心配はいらねえ。俺の脱獄を手伝ってくれた御仁でね。名前は……」


 偽名を使った。

「ハンクだ」

「あまり聞いたことがねえな」

「今まではゴンドールの南の方を縄張りにしてたからな」


 2人は俺のことを値踏みするように見る。

「ふうん。こっちに流れてきたってわけだ」

「取り締まりが厳しくなってね。あそこは新しい伯爵が張り切ってるからな」

 片割れが左手で右耳に触る。

「今年は寒さが厳しいがその分鴨が肥えてて脂が乗ってるそうだ」


 俺は鼻の頭を左の小指で掻く。

「全然だめだ。骨ばっかりで食うところがねえ。冬眠してる熊の方がまだマシだ」

「そうか。俺は優男のビリー。こっちはぎっちょのスタンだ」

 符牒に満足したのか厳つい顔の男、ビリーが名乗る。俺の知っているもので助かった。


「それで、もう身代金は要求したのか」

「ちぇ。ジェイク。そんなことまで話しちまったのか」

 ジェイクは不貞腐れる。

「そうでもしなきゃ俺を一緒に出して貰えなかったろうさ。でも、ハンクは凄いんだぜ。牢の鍵もちょちょいと開けちまう」


「ドジ踏みやがって。あんなへなちょこ相手に捕まって情けない野郎だぜ」

「そりゃひどくねえか。カードで負けて俺がしんがりを引き受けたが、誰がやっても同じだったろうよ。あのガキがどうなってもいいのかと脅してもせせら笑うばかりだったし。その後は殴る蹴るで、チクショウ。あのガキの耳切り取って送ってやろうぜ」


 息まくジェイクをビリーとスタンが宥めた。

「まあ、落ち着け。そんなことをしたら商品価値が下がるだろう。もちろん落とし前はつけさせるさ」

「ちなみにいくら要求したんだ?」


 3人は素早く顔を見合わせる。ビリーが口を開いた。こいつが頭格か。

「金貨で50枚だ」

 50枚ねえ。3で割り切れないから本当は60枚ってところか。俺への報酬をケチろうって腹だろうな。


「確かに大きなヤマだな。で、返事は?」

 ビリーは首を横に振って下唇を突き出す。

「分からねえな。こっちにしたら大金だが、大商人にしてみればそれほど懐が痛む金でもない。跡取りを取り戻すのに惜しむ額じゃねえ。父親はアホなのか、よっぽどケチなのか」


「ああ。交渉相手は父親じゃねえんだ。カンヴィウムの店の支配人よ」

「だとしたら余計に話が通らねえ。主の息子の命をさらす結果となりゃ後でどれほど怒られるか分かったもんじゃねえだろうよ。使用人の判断としちゃおかしくねえか」

 ビリーは肩をすくめて両手を上げた。


「それじゃあ俺はやられ損じゃねえか。顔も割れちまったし、もうこの辺りじゃ仕事もできねえ。まったく骨折り損のくたびれ儲けだ」

 ジェイクがぶつくさ言う。すたすたと歩いていき、テーブルの上の酒の容器から直に飲んだ。


 ビリーが俺に視線を向ける。

「そういや、ハンクは何で捕まったんだ?」

「俺か? まあ、俺のことを目の敵にしてるのがいてな。問答無用で拘束された挙句ぶちのめされて牢へポイだ。きっと適当な罪状を押し付けるつもりだったんだろう」

「そいつは気の毒に。まあ、騎士連中はなんでもありだからな」


「それで、今後どうするんだ? 俺としちゃ腹が収まらねえが大事な商品を傷つけるなと言われりゃ仕方ねえ。だがよ、舐められないように一緒にさらった使用人のものでも送り付けた方がいいんじゃねえか?」

「まあ、そうイキるな。慌てるこたあねえ。最後はこっちの要求を飲むしかねえんだからよ。で、ハンクさんよ。俺達と組むかい?」


「俺の分け前次第だな。少なくともジェイク、あんたは俺に借りがある。あのままなら絞首台の上から飛ばされるところだったんだ」

「分かってるって。ただ、礼をするにしてもこのヤマが終わらねえことには先立つものがねえ」


 俺はふざけるなと言おうとして口を閉じる。

「あんたらの他に仲間はいないんだな?」

「いきなり何だ?」

「このボロ屋敷内に誰かが入ってきた気配がする」


 耳を澄ませていたビリーが顔色を変えた。スタンを促してドアの前に低い衣装ダンスを運ぶ。戻ってくると俺達に低い声で毒づいた。

「騎士連中を案内してきやがって。この低能どもめ」

「いや。それは無い。何度も確認した。俺はそんな素人じゃない」


 俺の声に含まれる剣呑さにビリーが口ごもる。

「じゃあ、どういうことなんだよ」

「それは撃退するなり逃げ出すなりしてから考えりゃいい。それより商品は大丈夫なんだろうな」


「この部屋の奥の小部屋に閉じ込めてある。ここから以外に入口はねえ」

「それを聞いて安心した。せいぜい派手にやろうぜ」

 俺の言葉の終わりにかぶさるように部屋の扉がガタンという音を立てる。扉は衣装ダンスに引っ掛かって止まった。ジェイクがテーブルに突き刺してあった長ナイフを引き抜く。


 外で叫び声が上がった。

「くそ。何かで押さえてるぞ。力を合わせるんだ」

 衣装ダンスがずれ男たちが中になだれ込んでくる。シュッという擦過音が響き先頭の男に矢が突き立った。床に転がる男をまたいで次が入ってくる。


 そいつにも矢が突き立つと同時にビリーとスタンが弩を投げ捨て、腰の短刀を引き抜く。

「やっちまえ」

 3人が侵入者に向かって喚きながら突進した。


 侵入者たちは迎え撃つ側とあまり変わらない格好をしていた。乱戦が始まる。俺はもう一つの部屋に続く扉の前に陣取り高みの見物を始めた。ビリーが叫ぶ。

「おいハンク手を貸さねえか」

 俺は扉に寄りかかって欠伸をした。

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