第117話 逮捕

「おら。このクソ野郎。ここで一晩頭を冷やしやがれ。明日になったらきっちりと取り調べてやるから覚悟しておけ」

 後ろに手に捻りあげられた俺のケツを騎士が蹴った。つんのめりそうになりながらたたらを踏むと後ろで鉄格子が閉まりガチャガチャいわせて鍵をかける。


「覚えてやがれ。月夜の晩ばかりじゃねえからな」

 俺のセリフに騎士たちはせせら笑うと階上へと引き上げて行った。背中に翻る鷲の紋章が見えなくなると急に辺りは闇が強くなる。地下の薄暗い廊下に一つだけ灯るランプが弱々しい光を放っていた。俺の入れられた房のほかには廊下の同じ側に1つ、向かいに2つの房があるのが辛うじて見て取れる。


 向かい側は無人だったが、隣の房の粗末な寝台の上には人が横たわっていた。俺は肩の調子を確かめながら自分の房を見渡す。粗末な寝台と汚いバケツがあるだけの殺風景な景色にげんなりとした。飲み食いした後じゃなくて良かった。汚いバケツに跨ると思うとぞっとする。


 木の寝台の上には何年も洗濯していないだろうと思える毛布が乗っていた。ティアナが来る前の俺の毛布も清潔だったとは言えないがこれよりは何倍もマシ。毛布を摘み上げると下から何かの虫が這い出して暗がりに逃げていく。お日様の匂いがするきれいな毛布を思い出してため息が漏れた。


 毛布は床に落として寝台の上に横になる。体は休ませておかなくてはならない。きれいな毛布とそれを洗濯して干すティアナのことを思い出す。俺のことは父親として慕っていたのか。まあ、そりゃそうだな。


 見回りの足音に目を覚ます。強力な明かりが目をくらませた。顔をしかめると切れた唇が痛い。俺のいる房と隣の房に囚人がきちんといることを確認するとまだ年若い騎士は階段を登って消えた。頭の中で千を数えると行動開始。ショートソードと両肩のナイフは没収されていたが革の隙間に入れた細い金属の棒はボディチェックをすり抜けていた。


 寝台から起き上がると扉に忍び寄り手を伸ばして錠に金属の棒を突っ込む。こちらからでは鍵穴が見えないので手探りだが問題なかった。針金を引き出し、石の床に押し付けて曲げ鍵穴に入れるのを繰り返す。少しずつ手ごたえを感じ始めたところに声がかかった。


「おめえ何やってんだ?」

 隣の房の鉄格子から男がこちらを覗き込んでいた。俺は無視して作業を続ける。カチリと手ごたえを感じると開錠に成功する。

「やるじゃねえか」


 俺は錠をそっと取り除くと房の扉を開ける。

「おい。俺も出してくれ」

 俺は気にせず階段に向かおうとする。男は心持ち大きな声を出した。

「無視すんなよ。出してくれたらうまい話を教えてやる。でかいヤマだぜ。それとも大声出してあいつらに知らせようか?」


 俺は渋々と男の房の前に向かう。鉄格子の向こうの男は俺よりも酷い顔をしていた。顔が腫れて片目はほとんど塞がっている。相当手荒な尋問をうけたようだ。

「なあ。裏社会に生きているもん同士、こういうときは助け合いだろ。本当に大金が手に入る話なんだ。嘘じゃねえぜ」


「嘘だったら即殺すぞ」

 俺の声の冷たさに男は歪んだ顔に愛想笑いを浮かべた。

「兄弟。嘘はつかねえって。このジェイク様を信用しろよ。絶対後で感謝するぜ。大金も手に入るし、逃亡先のあてもあるんだ」


 俺は壁沿いまで下がるように言う。それからこちらの錠を調べた。即席の鍵を差し込み、引き出して少し調整してやるとあっさりと鍵が開く。俺は少し下がってジェイクが出てくるのを待った。

「恩に着るぜ相棒」


「時間が無い。先に行け」

 俺が顎をしゃくるとジェイクは大人しく足を引きずりながら階段を登り始める。登り切ったところで廊下は左右に別れていた。左を示してそちらに向かう。曲がり角のところでジェイクを引き留めた。


 少し行った先には裏口がある。障害はその手前の小部屋だった。そこには最低1人は騎士が詰めているはずだ。ジェイクにそこにいるように指示をして忍び足で近づき小部屋に忍び込む。先ほど見回りをしていた若い騎士がいた。何かの書類に目を通している。俺は忍び寄って始末した。


 ジェイクを手招きし、やってくるまでに小部屋の奥の棚から押収されたショートソードとナイフを身につける。ジェイクは中をのぞき身動きしない騎士と血の匂いに感嘆の声を出す。

「いい手際だな」


「声を出すな。さあ、行くぞ」

 廊下を進んで裏口の閂を外すとジェイクを押し出すようにして外に飛び出す。

「そういや名前をまだ聞いてなかったな」

「くっちゃべってねえでさっさと走れ。いつ追手がかかるか分からないんだぞ」

「ああ。すまねえ」


 ジェイクの案内で夜のカンディールの町を疾走する。

「どうやって城壁を越えるんだ? 朝まで門は開かないし、それまで待てないぞ。町中は危険だ。誰が小銭欲しさに密告するか分からない」

「へへっ。任せておけって」


 ジェイクは城壁の側まで案内する。見上げると城壁をまたぐ水道橋が見えた。

「あれを使うのか」

「さすが察しがいいな。メンテナンス用の通路の入口があんのよ。もちろん鍵がかかっているが、あんたならわけはねえだろ」


 夜明け前には俺達はカンディール郊外の森の中を歩いていた。

「改めて礼を言うぜ。俺はジェイク、マムシのジェイクだ。で、あんたは?」

「そんなことより、儲け話ってのはなんだ。騙したんじゃねえだろうな」

 ジェイクはぎこちなく首を振る。


「ミコネン商会って知ってるか?」

「なんか聞いたことはある気がするな。ルフトの?」

「そうそう。それだ。ルフト同盟を牛耳る大商人の一つでな」

「高価な品物か何かの輸送計画か? そんなもの襲おうったって、たっぷりと護衛がついてるだろ」


 ジェイクは舌打ちして指を振って見せる。

「そうじゃねえ。そこの跡取り息子のガキがカンディールに来ていてよ。不用心にも裏道を少人数で通ってたってわけさ」

「さらったのか?」


「ああ。仲間2人とな。で、ガキは仲間が連れてったんだが、俺は護衛にとっつかまってよ。それでこのご面相さ。戻ったらあのガキの耳でも切って送り付けてやる。身代金も倍だ」

「そいつはドジ踏んだな」

 ジェイクはうなり声をあげる。


「運が悪かっただけさ。俺のお陰で仲間が逃げられたわけだしな。ああ、やっと隠れ家が見えてきた。ほら、あれだ」

 指さす先に森の中に古色蒼然とした屋敷の屋根が見えた。

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