第119話 誘拐犯の末路

 なだれ込んで来たのは全部で6人だった。最初に弩を食らった2人は戦線離脱しているので4対3。手ひどい怪我をしていたジェイクは早々に床に転がった。誘拐犯側が数では不利だが意外に善戦していた。まあ後がない方が必死で戦うし、寄せ手側もそれほどの腕前とも見えなかった。


 恐らくビリーは人を殺したことがあるのだろう。冷静に相手に手傷を負わせていた。結局のところ殺し合いには慣れが必要だ。怒りに我を忘れてでもいない限り大量の出血を見れば動揺する。普段から剣をガチャつかせて威張っていても所詮は商人の用心棒風情が本気で殺し合いをすることはあまりない。


 一人だけ雰囲気が違うのがいた。武器や衣装はほとんど変わらないが目の暗さが目立つ。額に目立つ傷のある男スカーフェイスには血の匂いがした。

「ハンク。てめえも見てないで手を貸せっ!」

 ビリーが切羽詰まった声を出す。


 スカーフェイスにビリーが追い詰められ血だらけになり、スタンは2人を相手に切りつけられ絶叫をあげて倒れた。俺は壁から背を離す。

「なあ。あんた。誰に雇われてるんだ? こういう汚れ仕事専門なんだよな。結構稼ぎはいいのかい?」


 ビリーが失血によるのかぐらりとよろめき壁に手をついて体を支える。ビリーは脅威でないと判断したのかスカーフェイスは俺の方に向き直った。

「やっぱり人相が良くねえな。実に今までの業が顔にでているというか。あんただけは切らなきゃならねえようだ」


「弱い犬ほど良く吠える。ゆすり屋風情が俺に勝てると思うな」

「ま、試してみなよ」

 ショートソードを抜き放ち前に出るとスカーフェイスは剣を振り下ろしてきた。軽く合わせて横に流し、反対側に跳ぶ。返す刀で横殴りの一撃が来たが、ちょうどそこへスタンと戦っていた一人が突っ込んできた。


 そいつの剣をよけながら腰を蹴ると自らスカーフェイスの剣に切られにいく形となった。深々と腹に剣が刺さった男が邪魔で身動きがままならないスカーフェイスに無造作に近づくと俺は首筋に一太刀浴びせる。ぶつん。糸をまとめて切ったような音と共に勢いよく血が噴き出した。


 凄惨な光景にスタンと戦っていたもう一人の男は何か叫びながら部屋を出て行く。スカーフェイスに腹を切られた男は床でのたうち回っていた。

「やるじゃねえか」

 ビリーが喘ぎ喘ぎ言う。


 部屋の中を見回すと満足に動けそうなのは俺以外誰もいない。俺はビリーを無視して部屋の隅にある荒縄を手にする。食料品か何かを運んでくるときに使ったものだろう。ジェイクのナイフを蹴飛ばし後ろ手に縛る。

「てめえ。何しやがる。さては、一人占めしようってんだな」


 ビリーも難なく縛り、うるさいので両名の口にボロ布を突っ込むと残りの男たちを確かめる。さっきまでのたうち回っていた男も動きが鈍くなっていた。腹に手を当てて必死に中から内臓がはみ出すのを押さえようとしている。弩を食らった2名ともう1名、それにスタンは絶命していた。武器をひとまとめして部屋の端に置く。


 とりあえず脅威は排除したと判断して奥の扉の前に行った。開けようとすると鍵がかかっている。男の体をまさぐる趣味は無い。大した仕掛けでは無いので即席の鍵を作ると簡単に開いた。中を覗くと窓のない物置のように見える。扉の所からの光では見えにくかったが、隅に2人の姿があった。


 小柄な方がミコネンのところのガキだろう。足を投げ出して座っていた。もう一人は床に横になっている。背後をもう一度見て安全を確認して中に入る。ガキは俺のことを見ると尻でずってもう一人の前に出た。猿ぐつわをされているが挑戦的な目で俺を見ている。


 近づいて猿ぐつわを解いてやるとガブリと俺の左手に噛みついてきた。革の手袋をしているがじんわりと痛い。

「ぼうず。いい根性をしているな。だが、さすがにちと痛い。助けに来た相手にそりゃねえんじゃねえか」


 顔を張り飛ばしたい衝動と戦いながらガキの顔を見る。汚れた革手袋の味が嫌になったのか、説得が功を奏したのか分からないがガキは噛むのをやめた。手袋を見るとしっかり歯形がついている。左手を振りながらもう一人を見ると俺と同じぐらいの年の女だった。


 女の猿ぐつわを外してやり、手足の縛めを切る。女は気丈にも話しかけてきた。

「あなたは?」

「名乗るほどのもんじゃねえよ。あんた、家庭教師のサリバンだな」

 自分の名前を呼ばれて女は目を見開く。


「ようし。ヨハン。今度はお前さんの番だ。馬鹿な真似すんじゃねえぞ」

 次いでまだ疑いの目で俺を見ているヨハンの腕の縄も切ってやった。ヨハンは手首をさすりながら俺とサリバンの間に立つ。まあ、確かに俺の見た目はあいつらと大差ないとはいえなあ、そんな下衆に見えるのか。地味に傷つきながら元居た部屋に戻った。


 先ほどと変わらない修羅場を見てサリバンが口に手を当てる。失神するかと心配したがヨハンに支えられながらもなんとか立っていた。

「あなたがこれを?」

 ヨハンが問いかけてくる。微妙に挑戦的な態度が消えていた。


 俺はビリーとジェイクの状態を確認し、腹を押さえて呻いている男の側にしゃがむ。

「助けて……くれ。たの……む」

「そうは言ってもなあ。俺は神官じゃねえし、そんな深手を治す術はねえんだよ。悪いな」


 俺の耳は規則正しい足音を捕らえる。この歩調は正規の訓練を受けた戦士のものだ。足音が近づいてきたので声をかける。

「ここだ。2人とも無事だ」

 数人の騎士がどかどかと入って来る。それを見てヨハンとサリバンは緊張を解いた。


 先頭の若い騎士の顔を見てジェイクがうーうーと声にならない声を出す。俺はジェイクに声をかけた。

「ああ。心配するなって。別にこいつはゾンビでもなけりゃネクロマンサーに操られてるわけでもねえ。あの時と同じぐらいピンピンしてるよ」

 

 若い騎士は精悍な顔を崩して、にやっと笑いながら胸に手を当てて俺に敬意を示す。

殿。この度は御尽力に感謝します」

 俺は手をひらひらと振った。

「堅苦しいのはやめてくれ。そうだ。こいつ死にかけてるんだ。神官を呼んでやってくれ。そうさなあ。どうしても感謝したいって言うなら1杯奢られてやってもいいぜ」

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