第115話 立場

「こいつが友人のハリスだ」

 ゼークトが俺を紹介する。

「俺の副官をしているホフマン。相当の切れ者で随分と助かっている」

 ホフマンは穏やかな顔をしていた。


 俺は軽く会釈をして相手の出方を見る。ホフマンは単刀直入に切り込んできた。

「お久しぶりですね。ハリス」

「ん? なんだ、お前達知り合いだったのか?」

 ゼークトが怪訝そうな声を出す。


「そうか。それで得心がいった。ハリスがバラスに挑むという話をしたときに、すぐに駆け付けるように熱心に進言したから何かあるなとは思っていたんだがな。それでどういう関係なんだ?」

「誰かと間違えてるんじゃねえか。俺にはホフマンなんて知人はいないぜ」


 そう言いながらも俺は張り巡らされた罠の口が締まるのを感じていた。ティアナを奴隷の身分から解放するために王都カンヴィウムに来るにあたり、ゼークトの屋敷に泊めて貰っている。大金を持っていて宿に泊まるのが心配だったのだが、今ではこの選択を後悔していた。ゼークトの副官がまさかアイツだったとは……。


「それは当然でしょうね。以前とは名前が違いますから。最後にあったのはずいぶん昔ですけれど見間違えることはないでしょう? もし、どうしてもと言うなら昔の名前を名乗りましょうか?」

 俺は手を振って断った。


「ということで、私のことを思い出していただけたようですね」

「ああ。だが、これはどういうつもりだ?」

「単に旧交を温めようというだけですよ。それ以上を今すぐ求めるのは御迷惑でしょうからね。では、ゼークト様。私は例の件で報告を受けなければならないので失礼します」


 ホフマンは丁寧に敬礼をきめると去って行った。ゼークトが俺の顔をまじまじと見る。

「それで、これはどういうことだ? 隠し事をするとはお前らしくないぞ」

「亡霊が出たってだけさ」


 ゼークトは硬い表情をしていたが息を吐き出すと笑った。

「まあいいさ。お前が話したくないならそれで構わん。お前とはこの程度のことでヒビが入る仲でもない。ホフマンにも問いただしたりはせんよ。さて、麗しき女性たちを待たせると後が怖い。食事としようじゃないか」

 

 楽しく食事をした翌日、出かける前にゼークトの家令に頼みごとをする。

「裏町のトムってガキを探して銀貨2枚を渡して欲しい。ザックが探していると言えば見つかるはずだ」

 変な依頼にも関わらず二つ返事で引き受けてくれた。これでまた一つ気になっていた問題が解消されるはずだ。


 気が楽になったところで奴隷解放を司る役所、通称歓喜の門に出かける。ゼークトは朝から不在だったがティアナとお揃いの外套を着た女性がなぜか一緒についてきた。そうなると当然歩きというわけにはいかず、さらに数人が護衛をしている。正直面倒だなと思ったが口には出せない。


 目的地の近くで馬車を降りたとたん、近くを歩いていた一人の男が目に殺気を漲らせた。エイリアの弟のカーライルが俺を見かけて駆け寄って来る。ゼークトの配下が間に入った。歯噛みしていたが、いずれきちんと話を聞かせてもらうからな、と言い捨てて去って行った。エレオーラ姫がフードの陰で目を輝かせていたがあえて気づかないふりをする。


 歓喜の門ではあっさりと手続きが終わった。ティアナの首輪を検め所定の金額である金貨6枚を受領すると瘦せこけた魔法士がやって来る。長々と呪文を唱えていたが、突然首輪が2つに分かれ、晴れてティアナは自由の身になった。しかし当の本人は浮かない顔をしている。


 この役所は普通であれば自由を取り戻した元奴隷が喜びを爆発させて出てくることから、歓喜の門と呼ばれている。その門を通りながらティアナはあまり元気なようには見えない。外套の腰の部分を両手でもじもじといじっていた。ゼークトの屋敷へと帰るために馬車に向かい始めたときにティアナは思いつめた口を開く。


「あの……」

「どうかしたか?」

「もう私は要らないということなんでしょうか?」

 思わず立ち止まる。


「なんでそうなるんだ?」

「私を自由にしたのはそういうことじゃないのですか? 一緒に居ると邪魔だから自由にしたんですよね?」

「は?」


 消え入りそうな声でティアナが訴える。

「私、ミーシャさんみたいに部屋代は払えないです」

「別にお前から部屋代は取らないぞ」

「やっぱり追い出されるんですね」

 ティアナは溢れる涙をこらえようと必死だった。


「少し落ち着け。まずお前がそうしたいなら好きなだけ俺の家に居ていい。もちろん部屋代は取らないし、今までと変わらない。唯一違うのは、もう俺の言うことに従わなくてもいいということだけだ。嫌なことがあれば俺のことを役場に訴えることもできる。分かったか?」


 少し屈んで目の高さを合わせながらゆっくりと言い聞かせた。ティアナはきょとんとしている。

「私はご主人様のことで嫌なことなんてないですけど。じゃあ、これからも一緒にいていいんですか?」


「お前がそうしたければな」

「はい。そうしたいです。良かった。私、何かいけないことをして捨てられるのかと勘違いしていたみたいです」

 ティアナはほっとした様子を見せた。


 他家の奴隷に変な話を吹き込まれていたのかなと想像しているところに声をかけられる。

「ハリスさん。ちゃんと話してなかったの?」

 エレオーラ姫が呆れていた。俺は耳の後ろをかく。話せばティアナが遠慮するのは目に見えていたから黙ってたのだ。


「驚かせようと思って用事で出かけるとしか、ははは……」

 笑ってごまかそうとする俺にやや冷たい視線をそそぐ姫。それを感じ取ったティアナがうって変わった明るい声で言った。

「いいんです。ご主人様は悪くないです。私が勝手に勘違いしただけですから」


「そのご主人様というのはもう変じゃないかしら」

 エレオーラ姫の指摘にティアナは困った顔をする。

「それじゃあ何とお呼びしたらいいでしょうか?」

「それこそ好きに呼べばいいのよ」


「お父さん……は変ですよね?」

「いくらティアナがお父さんのことが好きだったにしてもそれは無いわね。ほら、ハリスも困ってるわ。ま、路上でする話じゃないわね。お屋敷でゆっくり検討しましょう」

 エレオーラ姫は笑いをこらえていたが、俺はそれどころじゃなかった。


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