第113話 優先事項
祝勝会がただの宴会に変わった頃を見計らってコウモリ亭を抜け出した。もう十分に義理は果たしたはずだ。家でティアナが首を長くして待っていると思うともう付き合ってはいられない。夕暮れが迫る中を足早に家路につく。手には行きがけの駄賃で持ちだした酒の容器を持っていた。
ティアナの料理を肴にのんびり酒を楽しもう。今日は何を用意してくれているだろうかと想像すると唾が湧いてきた。そこへいくつかの足音が近づいてくる。
「ちょっと抜け出すなら声かけなさいよ」
「置いていくなんてハリスさんらしくないです」
「自分一人で御馳走食べようなんて許さないわ」
誰かとは振り返るまでもない。ちょっとだけ抵抗をしてみる。
「主賓が勝手に抜け出すのは良くないんじゃないかな」
「あんたがそれ言っても説得力無さ過ぎよ」
「いや、俺は家で心配しているのがいるからちょっと知らせに行こうとだな」
「へええ。わざわざ酒持って」
「コウモリ亭では食事に手を付けず」
「口の端から涎たらしながら言われてもねえ」
まるで俺の言うことを信じちゃいない口ぶりだった。
「俺を責める皆さんは何をしておいでで?」
「私はちゃんとご主人様を家まで連れ帰ってくださいと言われてるからね。約束したから仕方ない」
ジーナは胸をそらした。
「傷は塞ぎましたけど、大量に出血したので予後をきちんと観察する責任がありますので」
神官として当然ですわという顔をするエイリア。ただ、それだけではないのは明らかだった。
「コウモリ亭のアーガスさんには悪いけど、ティアナちゃんの料理の方が口に合うのだもの。今日は相当頑張ってるだろうし楽しみよね」
プラチナブロンドの髪をかき上げながらキャリーがニッと笑う。
「それにあの吟遊詩人のクサい口説き文句聞いてられなかったし」
家の扉を開けるといい香りが鼻をうつ。
「あ、兄貴」
コンバが声を上げると同時に台所からティアナとチーチがすっ飛んでやってきた。
「お帰りなさいませ」
「ハリス。おかえり~」
視線が俺の脇に向かうと2人の明るい表情がたちまち曇る。
「あの。ご主人様。物凄い血の跡が」
「結構派手にやられたみたいだけど大丈夫?」
「ああ。問題ない。腹が死ぬほど減ってるけどな」
「すぐに用意します」
あれよあれよという間に料理が並べられた。手が5人分あるとやはり早い。俺の好物の内臓と豆を煮たものが出て来て手をこすり合わせる。
「ティアナの料理は何でもうまいが、こいつは嬉しいな」
「喜んで貰えて良かったです」
「あたいも手伝ったんだからね」
賑やかに食事が始まる。
「いや。これ食べると本当に生きてて良かったと思えるぜ」
ぐにぐにした触感の内臓を噛みしめながら言うと、ティアナはここへやってきたときと変わらず頬を染める。一方のチーチはあたいも手を貸した、と全身で主張していた。
「おっちゃん。ゼークトさんはどうしたのさ?」
「んあ? コウモリ亭で飲んでるぞ。今祝勝会やってるからな」
「ご主人様はいらっしゃらなくていいのですか?」
「お前達に顔を見せないと心配するだろ」
「ハリス。何言ってるのよ。本当は早くこの食事を食べたかっただけでしょ」
「それもある」
ティアナは更に頬が赤くなったが嬉しそうだった。
「ああ。そうだ。コンバ。不在の間の用心棒ありがとうな」
「大したことないっすよ。まあ、一緒に行けなかったのは残念ですけど。それで、詳しい話聞かせて貰ってもいいっすか?」
「だったら、ジーナに任せよう。さっきも本職の吟遊詩人顔負けの語りっぷりだったからな」
揚げた魚にとろみのついたソースがかかったものに口を入れたばかりのジーナが俺のことを睨む。唇についたソースをなめとると文句を言った。
「死ぬほど恥ずかしかったんだからね。またあれをやらせようっての?」
「いや本当に堂々としたもんだった。頼むよ」
俺のそばにおいてある酒の容器をひっつかみ自分の器に注ぐとジーナはごくりと飲み干した。
「まったくもう」
そうはいいながらもジーナは戦いの様子を語り始める。2度目ということもあってさらに話ぶりに磨きがかかっていた。
タックは目を輝かせてすげーを連発している。
「これで兄貴たちはバラス
コンバが酒の容器を引き寄せた。なみなみと自分の器に受けてぐいとあおる。またジーナとの差が開いたことを嘆いているのだろう。俺の分を残しておけといいたいところだが、まあ仕方ないか。
わき腹に何かが触れて意識をとられる。エイリアが鎧の裂け目から指を突っ込んで俺の皮膚をまさぐっていた。俺と目が合うと華やかな笑みが咲く。
「深い傷でしたので。お酒は傷に障ります。まあ、問題はないようですね」
数名の視線を集めたがエイリアは堂々としていた。
「寝ている時にあたいがぶつからないように気を付けないといけないね」
チーチが言ってのける。なんでもない口ぶりだったが目元に妙な光があった。おいやめろ、エイリアを煽るな。念を込めてチーチを見る。ティアナに視線を向けると俯いて何か考え事をしていた。
「コンバ。それ取ってくれ」
酒の容器を取り戻しお替りを口にする。非難がましい視線はあえて意識の外においやって、先ほどのコンバのセリフを考えた。バラスマッシャー。御大層な響きだが、実際にこの言葉のもつ意味は大きい。
サマードの顔を思い出す。食えないが切れ者だった。近くのダンジョンにバラスという厄介者が出たのを見事に利用している。吟遊詩人を使ってバラスを倒したということを素早く拡散するつもりだろう。これで新人不足も解消だ。なんといっても、あのバラスマッシャーが貴方を指導します、という誘い文句は魅力的すぎる。
俺はサマードの思惑に踊らされた格好になるのだが、単に利用されただけでないことがサマードの恐ろしいところだ。これでアイシャも俺やティアナに手を出しづらくなる。一介のスカウトなんざ恐ろしくもないがバラスマッシャーとなれば話は違う。下手に手を出せば手痛い反撃を食らうことは計算せざるを得ない。
もちろん、スカウト一人はそれほどの脅威ではない。ただそいつがパーティのリーダーというのがポイントだ。一声かければ強力な騎士・戦士、魔法士に高位神官がバックにつく。その点を考慮して俺がサマードの振り付けで踊ると見越している辺りが本当に可愛げが無かった。
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