第112話 祝勝会
いいかげんくたびれていた革鎧は刃に対してほとんど抵抗を示さず、熱と痛みが俺のわき腹から伝わってくる。バラスの剣を彩って赤いものが滴っていた。俺は後ずさりながらわき腹を強く圧迫する。ジャン。そこへ金属同士が激しくせめぎ合う音が響く。
バラスの追撃は来なかった。化け物といえども肩から切り下げられて真っ二つになっては動けないらしい。もちろんそんなことが出来るのはゼークトだ。バラスはどうとダンジョンの床に横倒しになる。自らの血の海の中でそのままバラスは動かなくなった。
誰かのほうっという安堵の声で時が再び動き始める。
「ハリスさんっ」
エイリアの悲痛な声が聞こえ、俺は猛烈な痛みを感じ始めた。先ほどまでは戦乙女の祝歌のお陰で麻痺していたらしい。俺は呻き声を漏らす。
エイリアが駆け寄って来る。俺の手をどけると血で汚れるのも厭わずにエイリアは両手を添えて熱心に祈り始めた。すぐに暖かなものがわき腹に広がり痛みが鈍くなる。想像以上に流血したせいかクラっときたが力強い腕が俺を支えた。
「かっこつけたんだから最後まで自分の足で立ってろよ」
俺は首を捻じ曲げると本日の英雄に文句をぶつける。
「別にかっこつけたくてやったわけじゃねえ。作戦だろ作戦」
そう。俺が囮になってヘマをしてトドメを刺そうとバラスの動きが大きくなったところをゼークトが切る。そういう作戦だった。
今日も俺が先陣を切ったのもそのための布石だ。2度に渡ってちょろちょろと小賢しい動きをする俺が隙を見せればチャンスとばかり切りたくなろうというもの。背後から攻撃しているのに声を出したのもバラスに反応させるためだ。優秀な戦士の反応を逆手に取った連係プレイ。
ジーナが多少おぼつかない足取りで寄ってくる。
「ハリス大丈夫なの?」
「ああ。さっきまでは死ぬほど痛かったけどな」
「見事にリーダーの計画通りになったわね」
キャリーの賛辞にはまあねと曖昧に答えておく。
種を明かせば今回の作戦は俺の頭から出たものじゃない。ガキの頃にジジイにせがんで武勇談を聞いた記憶が残っていただけ。ジジイがバラスを倒すアシストをしたというのはまさに俺がやったのと同じことだった。もっともジジイの方は怪我をせずに役割を果たした点が違う。悔しいが役者が違った。
治癒魔法を唱え終わったエイリアが立ち上がり俺の手をぎゅっと握る。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ハリスさん。もうあまり無茶はしないでくださいね。こんな危険な役回りを自ら進んで引き受ける自己犠牲の精神は見上げたものですけれど……」
シノーブがエイリアの後ろでケッという顔をしていた。
俺は空いた手で布を引っ張り出すとエイリアの手を外して血をぬぐう。大丈夫ハンカチだ。それから自分の手をふいて宣言する。
「まあ、何はともあれ、バラスを倒せてよかった。これも皆の協力があってのこと。本音を言えば、こんな怖い思いはもう2度としたくないね。さあ帰って報告しよう」
ギルドに戻るとサマードが優男と気難しそうな顔をした男と共に出迎えた。淡々と復命するとサマードの顔が緩み、滅多に見れない笑顔で俺達の健闘を称える。そのままコウモリ亭に連れていかれた。
「アーガス。みんなにお酒を。今日は私の奢りよ」
俺達の他、店でくだを巻いていた冒険者にも、ミーシャの手で酒がいきわたるのを確認するとサマードはジョッキを掲げた。
「今日はこのギルドに新たな栄誉を与えてくれた喜ばしい日よ。バラスを倒した勇者に乾杯」
ただ酒が飲めるとなればどこからともなく駆け付けるのが酔っぱらいというもの。たちまちのうちにコウモリ亭は人で一杯になる。繰り返し乾杯の叫びが上がって大騒ぎとなった。しばらくすると優男が立ち上がる。
「私は吟遊詩人トゥールス。新たな
有名な吟遊詩人だった。周囲がはやし立てるのをサマードが制する。
「私も任務を果たしたとだけしか聞いてないわ。さあ、詳しくあなた達の活躍を聞かせて頂戴」
それまでいい気分だった酔いが一気に覚める。
お互いに誰が語るか譲り合った挙句、キャリーが良く通る声を出す。
「そういうのはリーダーの役目よ」
エイリアとジーナが積極的に賛成し、シノーブも自分語りが嫌なのか酔いが回ったのか、無責任にそうだそうだと言っていた。ゼークトは気難しそうな男と額を寄せ合っている。
返答に窮した俺は適任者に押し付けることにした。
「こういうのは俺なんかよりももっと向いてるのがいるんでね。リーダーとして、頭脳明晰で冷静沈着な魔法士ジーナを指名します」
やんやと喝采が湧きおこり、誰かが空き樽の上にジーナを立たせた。
「ハリス覚えてなさい」
ジーナが叫ぶが周囲からは早くしろとヤジが飛ぶ。記憶違いがあったら指摘しなさいよとだけ釘を刺すと、観念したジーナは戦いの一部始終を語り始めた。仕事柄か語彙も豊富で話の間の取り方もうまくジーナの語りは素晴らしい。
当事者の俺が言うのも変な話だったが現実よりもずっと面白かった。話が終わると指笛や口笛が吹き鳴らされる。トゥールスは私の仕事を取らないでくれと冗談交じりに賞賛した。気づくとゼークトと話していた男が俺のそばに来て、俺のことをじっと見ている。俺の視線に気づくとガルムと名乗り、タペストリーの制作を生業にしていると自己紹介をした。
俺は上機嫌なサマードのところへ行く。
「随分と手回しがいいんですね。もし、俺達が負けていたらどうしたんです?」
「そんなはずあるわけないでしょ」
「その自信はどこから出てくるんでしょうね。どうせなら挑む前に言って貰えたら良かったのに」
「冒険者ギルドを舐めないことね。過去のバラスの記録もあるんだから。その時にどんなメンバーが挑んだのかも分かってるの。あなた達なら十分に勝機があることぐらいは計算できるにきまってるでしょ。それなら、その結果を十分に活用しなくちゃ。そのためには宣伝は必要じゃない?」
まったく食えない婆さんだった。
サマードの目がキラリと光る。
「あなた。今私のことを婆さんと思ったでしょ?」
カンが良すぎるぜ。俺は精いっぱい謹厳な表情を作って首を振り疑惑を否定してみせた。
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