第111話 バラスとの対決

「蛮族の誰かに降嫁させるという話もあったらしい。彼女はそれを知ってすぐに動いたわけさ。俺は神龍王に信頼されている。ただ、あくまで一個人としてだ。それを王国全体、少なくとも王家に広げるには血縁関係が一番と説いたらしい。それを聞きこんだサンダルミヤ卿が独自の動きをした。まあそんなわけだ」


 ゼークトは説明を終えるとエールのジョッキを口に運ぶ。会議を終えてコウモリ亭に誘われていた。隅のテーブルでエレオーラ姫の降嫁話の裏側の事情を聞かされる。元をただせばチーチが俺のところに来た遠因はエレオーラ姫が降嫁話を嫌ったところにあるようだ。


「まあ気持ちは分からんでもないがな。若い身空で文化習慣も違う顔も見たことのない男の妻になれと言われれば気が進まないだろう。まあ、お姫さんがとんでもねえ行動力があり頭も回るというのは分かった。それで、わざわざ近々娶る嫁さんののろけ話をするために呼び止めたのか?」


「うん。それもあるが、俺の口から直接話をして詫びておかなければなと考えてな」

「詫びってなんだ?」

「チーチ嬢がお前の生活を相当引っ掻き回しているだろ。エレオーラ姫が大人しく降嫁してりゃ苦労せずにすんだとか考えてるんじゃないかと想像してるんだが」


 大正解。俺もエールのジョッキをグイと傾ける。

「そう恨み言が出るぐらいには困惑してるな。まあ、それで逆恨みするほど狭量じゃねえから安心しな」

「もちろんお前はそうだろう。俺もそれぐらいは分かっているが隠し事をしていたように見えるのは嫌でな」


 俺とゼークトはジョッキを軽くうち合わせてエールを飲んだ。ゼークトはぐっと砕けた雰囲気になる。

「それで、モテ男としてはどうするんだ?」

「簡単に言ってくれるな」


「好きなだけ悩め。状況が変わって俺も余計なことは言えん。まあ、お前が死ぬほど考えて出した結論ならきっと皆も受け入れてくれると思うぞ。さて、チーチ嬢の前じゃしづらい話は終わったから家に行こうじゃないか。俺もチーチ嬢のご尊顔を拝したい」

 酒だけで料理を頼まないと思ったらそういうことか。


 ゼークトがティアナの料理を堪能した後、深夜にドーラス山に向かった。ゼークトは誰かと違って暇じゃない。さっさとバラスを殺って王都に戻らなくてはならなかった。ゼークトは肩を回して朗らかに笑う。

「今日は調子がいいな。これならなんとかなりそうな気がする」


 シノーブもさすがに緊張の色を隠せないが淡々とブロードソードのバランスを確認していた。バラス相手に普通の武器では効果が無いのでサマードが貸し与えたものだ。キャリーは脚を伸ばし曲げしている。ジーナは目を閉じて何かをつぶやき、エイリアはほほ笑みながら俺に熱い視線を送っていた。


 空が白み始める中、俺を先頭に左右をゼークトとキャリーが固めてダンジョンに入る。すぐに第2層に向かった。階段のところで袋から砂をまく。

「まだ滑るかもしれないから気を付けろよ」

 慎重に降りて通路を進み第3層へと歩みを進める。ここなら通路に十分な広さがあり数を生かせるという計算だ。


 しばらくその場所で待機する。まもなく背中に寒気が走り奴がやってくるのを感じた。バラスの漆黒の鎧が見えると同時にキャリーが自らの長剣に魔力を付与する呪文を唱え始め、ジーナも以前より滑らかな詠唱を開始する。そこで俺が勇気を奮い起こして前に飛び出した。


 ザ・ブレスは空間を対象にする。まだ完全にコントロールできないジーナでは周囲の人間も巻き添えにする恐れがあった。そこで俺の出番だ。前に出て時間を稼ぐとともにバラスの剣を受けて跳ぶ。身軽さが要求される際どい策だが、うまくいけば呪文の影響範囲から逃れることができるはずだ。


 前に出た俺にバラスの大剣が振り下ろされる。紙一重でよけサイドステップで距離を置こうとしたところに横殴りの一振りが来た。ショートソードを合わせると双方の剣の魔法が反応して火花が散り、それを合図に俺は思い切り後方に跳ぶ。バラスの重い一撃のパワーが乗って想像以上に距離を飛び背中から壁にあたった。


 一瞬息が詰まる。ただ頭を打った前回よりはマシだ。なんとか無様に倒れるのを回避する。そこへ清らかな歌声が響いた。戦乙女の祝歌。エピオーン神に仕える戦乙女が見初めた戦士に与える加護と同等の力を持つという。エイリアの声が聞こえ始めると再び闘志が湧きおこった。


 一方のバラスはザ・ブレスの呪文を受けて身動きできずにいる。そこへ大剣をかざしてゼークトが打ちかかった。その刃をバラスの剣は受け止める。ただ、先ほどに比べればバラスの動きが僅かに鈍い。ジーナの魔法が効いている。バラスの左右からキャリーとシノーブが同時に切りかかった。


 ジャン。バラスとゼークトの剣が激しくこすれ火花を散らす。ゼークトの剣を押し返す動きからそのままキャリーの胴へと迫った。体を折り曲げ後ろにかわすとキャリーは素早く前に突きを放つ。バラスは頑丈な鎧を着ているとは思えないほどの身軽さでキャリーの攻撃をよけ、シノーブの剣をはらっていた。


 シノーブも態度がでかいだけの腕はある。キャリーとタイプは違うが一撃一撃の打撃は重くその組み立ては理にかなっていた。キャリーは素早さとフェイントで相手を翻弄する。そして、人の限界を極めたゼークトの剣技。三つの刃を相手にバラスは互角で戦っていた。なんという化け物だろう。


 呪文の先制攻撃を与え、士気を高める魔法の支援を受けてもなお互角にしかならない。このまま戦い続ければいずれ包囲網の一角が破れることになりそうだった。ゼークトはまだしも、シノーブもキャリーも1対1でバラスと戦える技量ではない。それを知りつつ剣を交える重圧にいつまで耐えられるかは分からなかった。


 混戦になっているのでジーナは魔法を使えない。使うにしてもあと1発が限界だ。エイリアは一心不乱に歌唱中。となればこの状況を変えうるのは俺しか居ない。俺は気配を殺して大きく迂回しバラスの背後に出る。ゼークトの剣を受けてバラスの動きが止まった。


 俺は腹の底から声をあげる。

「これでもくらえ!」

 急所を狙った俺の攻撃にバラスは反応し、俺の手からショートソードを弾き飛ばす。なんとか逃れようとするがバラスは大きく腕を伸ばし、その剣は俺のわき腹を捕らえた。

 

 



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