第110話 対策会議
「どうだい、この出来栄え。高いが値段に見合うものはあるだろ?」
俺が注文しておいた皮鎧の表面を撫でながら、ボックが要所要所の説明をしていく。
「基本的には今着ているものと変わらないが、こんなところに隠しポケットがついている。まあ普通は中のものは見つからんだろうな」
小さく畳んだ布切れなら完全に隠匿できそうだった。
「それで、胸のところの一部だが2枚の皮の間に細い金属を編み込んだものを挟んである。一度ぐらいなら心臓を致命傷から守ってくれるだろう。まあ、あまり過信はするなよ。試着してみるか?」
着てみると新品とは思えないほど体にしっくりくる。
ボックは俺の顔をのぞきこんだ。
「なんだよ。浮かない顔してやがるな。元々冴えない面がますますイケてねえぞ」
「顔のことを言えねえのはお互い様だろ。それで、申し訳ないんだが、こいつの受け取りもうちょっと待ってもらっていいか?」
「なんでえ。金が用意できなかったのか?」
「無くはないんだがな。他にちょっとな」
ボックはしたり顔をする。
「なるほどな。分かった。こいつはちゃんと預かっておくぜ。さっさと引き取りに来いよ。特注品は他の相手にゃ売れないんだから」
「すまないな」
「いいって気にすんな。あんな事件があったら、あんたも気になってそれどころじゃないだろ」
「恩に着る」
俺は店を出てギルドに向かう。3日前に俺達が出会った軍神バラスをどうするのかの会議が開かれサマードに呼び出されていた。ちょっと時間に遅れているが、どうせ俺が話に加わっても加わらなくても大勢に影響はない。一応パーティリーダーを務めているから呼ばれただけのつもりでいた。
ギルドの中に入るとジョナサンが声をかけてくる。
「ハリスさん。もう会議始まってますよ」
「ちょっと急ぎの用があってな。すまねえ。ただ俺がいても仕方ねえだろ」
「さあ、それはどうでしょうかね。私にはなんとも言いかねますが、ギルド長はいい顔しないと思いますよ」
「そいつはまずいな」
「ええ。なのでさっさと行ってください。場所はギルド長の部屋の隣の大部屋です」
俺は手を挙げて階段を登っていく。2階に着く前に大きな声が聞こえてきた。これはシノーブの声だな。
扉をノックして中に入る。サマードを含め6人ほどが居り一斉に俺を見た。正面にいるサマードの目が細くなる。
「あら。随分とゆっくりとした登場ね」
やばい。相当怒ってるな。俺はもごもごと詫びの言葉を口にする。
シノーブが俺に嫌な目線を送ってきた。
「別にハリスなんざ居なくても関係ないだろ。それよりもさっきの話だ。俺のパーティに試させろよ。応援を頼むにしても時間がかかり過ぎる。俺達は現有の最大戦力なんだからやってみる価値はあるだろ」
サマードは頭を振る。
「それは許可できないわ。むざむざ全滅するのが分かってるパーティを向かわせるなんてね。それに、あなたのパーティは最大戦力では無いから」
「はあ? 俺達以上のがどこにいるんだよ。オーリスはもういねえんだぞ」
サマードは右手を挙げると人差し指をまっすぐ俺の方に向けた。勘弁してくれよ。途端にシノーブが喚きだす。
「こんなおっさんシーフのパーティがどうしたって?」
「スカウトでしょ」
揶揄するようにサマードが言う。胃が痛い。何がしたいんだ?
「呼び方なんぞ、この際どうでもいい。戦闘じゃ役に立たないってことじゃ一緒なんだから」
「私が聞いてる話だと、ハリスはバラスの初太刀を受けたそうよ」
「それがどうしたってんだ。それで尻尾まいて逃げてきたんだろ」
「そうね。相手の強さを正確に把握して戦略的撤退を選べるなんてリーダーとして最適ね。強がりで無意味に挑もうとするよりは理にかなってるわ」
「なんだと?」
サマードはゆっくりと立ち上がる。
「だいたい、あなたがバラスの前に出ても指一本動かせるかどうか怪しいの。あの化け物は覇気と恐怖の効果持ちよ。手の届く範囲に入ると身がすくむ。正規の騎士でも立ち向かうのは難しいわ」
「じゃあ、なんでコイツが動けたんだよ」
「見た目によらず優秀なのか、隠し技をもっているのでしょうね。いずれにせよバラスに出会って生還した。あなたも少しはギルドの文書庫の記録を読むことね。バラス相手に死屍累々なんだから。それと、ハリスのパーティは相当強力よ。少なくとも後衛はあなたのところ以上でしょうね」
サマードは指折り数える。
「エイリアほど高位の神官はいないし、ジーナは1点特化ではあるもののバラスに効く攻撃魔法が使えるわ。前衛だってキャリーはあなたと互角でしょうね。それと何よりチームワークの点で勝負にならない」
サマードはゆっくりとシノーブへ視線を戻した。
「まあ、私の警告を無視するというなら好きにすればいい。ギルド長としてはっきりと止めたのに勝手な行動をした場合どのようなことになるか試してみるといいわ」
シノーブは渋い顔で俺を睨みつけてくる。
サマードはシノーブのその態度を気にも留めない。
「さっきも言ったけど、バラスには覇気と恐怖がある。対抗するには3つしかないわ。同等以上の強さを身につけるか、特殊な装備品を身につけるか、高位神官の戦乙女の祝歌の加護を受けるか。現実的には3番目だけど、その使い手はリーダーにハリスを指名している」
サマードが視線を向ける先ではエイリアが俺へ微笑みかけていた。
「シノーブ。あなたが臨時でハリスの指揮下に入るなら前衛の3人目は決まり。嫌なら他を当たるわ」
俺は手を挙げる。
「なんか俺が参加することが決まってるっぽいんですが」
「ちゃんと聞いてたの? あなたが参加しないと話が成立しないの」
「そこはギルド長から神殿長にお願いすれば……」
「もう。最初から話に加わってないからそんなことを。メインのアタッカーの招聘にもあなたが必要なの」
「それってつまり……」
「ええ。あなたの友人ゼークトに助力をお願いする手紙を早馬で出したわ。健気にもハリスがバラスに立ち向かうってね」
「勝手に俺のいないところで話を……」
ちょうど力強く扉をノックする音が聞こえる。扉が開いて噂になっている男が精悍な顔をのぞかせる。
「騎士ゼークト。依頼により急ぎ参上仕った」
俺の気持ちを知ってか知らずかゼークトはいつもの爽やかな笑みを浮かべた。
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