第106話 町の案内
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お姉ちゃんにお願いされてご主人様は出かけて行った。昨日まではエイリア様と出かけていたのに忙しい。随分と疲れたような顔をしていた。心配だけれどおまじないが効くことを願いながら家事を片付ける。雨が降り出したので慌てて洗濯ものを取り込んだ。
チーチさんは自分ではあまり手を出さないが一緒についてきた3人組の人たちが手伝ってくれる。リュー、ノール、フランの3人は見た目がよく似ていて、ぱっと見には区別がつかない。髪の毛を結んでいるリボンの色で区別していた。慣れているのか家事は早い。
3人はご主人様やチーチさんに対してはとても恭しく接している。私に対しては初日は冷ややかな態度だったけれど、翌日からは刺々しさは無くなった。ただ、簡単な言葉しか通じないのでおしゃべりをすることはできない。普段はチーチさんの世話を焼いているけれど、洗濯や庭の掃除などは熱心にやってくれた。一方で家の中にはあまり入ってこようとはしないし、食事も自分たちの分だけ別に作って食べている。
チーチさんはご主人様がいるときは一緒に食事を取るし、寝る時も一緒だった。けれど、不在時には天幕に行ってしまって、ほとんど家には寄り付かない。私も何を話していいのか分からなかったので、ほっとした半面、ちょっと寂しい気分もした。ただ、家のことが忙しいし、タックやミーシャさんがいるので心細くはない。それに気が付けばニックスが側に来て私にかまってほしいとおねだりをする。
夜一人で寝ているとベッドがとても広く感じた。ご主人様がいないとやっぱり不安だ。そのせいか、なかなか眠れないし、寝たらなんだか怖い夢を見た。起きた時には細かいところはもう覚えていなかったけれど、ご主人様が居なくなって私一人で泣いているところだけは鮮明だった。
夢につられて涙が出ていたみたいで枕がちょっと濡れている。ぽふんと枕に顔をうずめるとご主人様の匂いがした。疲れて帰って来たときに元気が出るように何を作ろうかしら。内臓の煮込みがお好きだけど、時間もかかるし少しお腹がもたれる。やっぱりステラ様特製スープにしよう。献立が決まったので飛び起きる。
朝食を食べて片付けて、洗濯をして、お掃除を済ませるともうお昼だ。タックと二人だけなので申し訳ないけれども残り物にする。
「なあ。おっちゃんがいないとしょぼくねえ?」
「当然でしょ。文句を言わないの」
タックはぷっと頬を膨らませたが、にやっと笑った。
「やっぱ、おっちゃんのこと好きなんだね」
「もちろんです。タックだって良く遊んで貰ってるじゃない。一緒に遊んでて面白いって」
「そうだけどさ。そうじゃなくて、結婚したいと思ってんだろ?」
「へ?」
思わず変な声が出てしまう。
「そんなこと……。私にはもったいないぐらい立派な方です」
「とか言ってるとチーチに取られちゃうぜ」
「こら。タック。子供がませたこと言うんじゃないの」
「うひゃ。そんな怖い顔したらおっちゃんに……」
手を伸ばしてタックの頬を引っ張る。
「余計なこと言ってないでさっさと食べなさい」
「おっちゃんにはそんなことしねえのに……」
タックは頬を撫でながら残りをかきこむとぱっと外へ遊びに出かけて行った。私も食べ終え片付ける。
家の戸締りをして、食事の買い物に出かけると一声かけに天幕のところに行く。
「ちょっと待ってて」
何か中でやっていたと思うとゆったりとした袖の服を着たチーチさんが外に出てきた。
「あたいもついてく。この町のことは良く知らないから案内して」
「食事の材料を買いに行くだけですよ」
ご主人様から買い物はさっと済ませるように言われているのだけどな。
「いいから、いいから。通りすがりに何があるか教えてくれればいいからさ。重いものがあればあたいが持つし」
家の敷地から出て通りを中心部に向かって歩いていく。大きな建物を指で示した。
「あれがこの町の神殿。エイリア様がいるところ」
「ああ。昨日やって来て負けませんからと言って帰った女の人ね」
「そんなことを言ったんですか? 負けないって何のことですか?」
チーチさんは笑い出した。
「まあいずれ本人からティアナにも言ってくるんじゃない。話は変わるけど、ハリスの家って周囲に比べても大きくて豪華だよね」
「ご主人様は立派な方ですから」
チーチさんの話題はころころと変わる。
「ところでさ。その耳飾り良く似合ってるね」
「ご主人様に貰ったんです。この外套も」
「へえ。あまりオシャレには関心なさそうだけど、ハリスって意外と見る目があんだね。あたいにも何か買ってもらおうかな」
チーチさんは私の頭のてっぺんから足先まで見る。
「本人ははっきり言わないけど、やっぱりティアナが一番のお気に入りかあ。どちらかというと妹を見るような目だけどね。胃袋を押さえてるのは強いよなあ……」
何やら考え込んでいた。
顔を上げると私の手を取る。
「ねえ。あたいにも料理教えてよ。あれだけ旨いを連呼して食べてるのを見たら何か作ってあげたくなっちゃうからさ。タダでとはいわな……」
「いいですよ」
「え? いいの?」
「はい。私が熱を出して寝込んだことがあって、ご主人様に食事を作って差し上げられなかったんです。そんな時にチーチさんが作ってくれるなら安心です」
チーチさんが私の顔をのぞきこんで変な顔をした。
「頼んだあたいが言うのもおかしいけど、ティアナはそれでいいの? あたしが料理を上手く作れるようになったら困るとか思わないわけ?」
「どうしてですか? ご主人様が美味しいものを食べれた方がいいと思います」
「はあ。調子狂っちゃうなあ。あ。ここが目抜き通りかな?」
話をしているうちに町の中心にある大通りに着いていた。私は時々通る馬車に気を付けながら道の両側にあるお店を教える。ボックさんのお店、衣料品店、ご主人様が所属している冒険者ギルドの建物、ミーシャさんが働いているコウモリ亭。ガラガラと大きな音がして振り返る。町中にしてはスピードを出している馬車がやってきていた。
レッケンバーグに行くときに乗せて貰ったような立派な馬車だ。私たちのすぐそばで止まると中から覆面をした人が飛び出してきて私の手をつかむ。抱きかかえられるようにして馬車の中に押し込まれた。悲鳴をあげる暇もなく扉が閉められる。最後に見えたのは大きな笑みを浮かべるチーチさんの姿だった。
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