第105話 豹変

 村人全員を集める。闇の眷属の影響を残している者を探しエイリアは浄化の魔法をかけていった。村長ほか10人ほどは残滓が多かったらしい。そのままにしておくと最悪の場合には衰弱して死ぬ場合もあるそうだ。知らなかったとはいえスケベ心でこの騒ぎを引き起こした村長は放っておけばいいのに、エイリアは分け隔てなく清めていく。


 さすがにこれだけの数に魔法をかけると疲労したようだったが、用が済んだら村を後にした。シノハ村に着くころにはすっかり夜になるだろうしエイリアも疲れている。それでウーズ村で1泊してもと提案したがエイリアは大丈夫と言って強く出立することを主張した。


 村から離れるとエイリアは表情を緩める。

「随分と帰りを急いでいるようですが、何か用でもあるのですか?」

「いえ。そういうわけではないのです」

「ではどうして?」


 エイリアは顔に嫌悪感をのぞかせた。

「あの村長に見られていると思うと体に蟻が這いまわるような感じがして」

「確かに不躾な視線でしたが」

 嘗め回すような視線というのはあれを言うのだろう。


「あの人は魅了の術にかかったんじゃないんです。自らすすんであの闇の女と……」

「情を交わした?」

「ええ」

「それって体に悪くないんですか?」


「もちろん良いはずはありません。出来る限りの処置はしましたが健康は損なってますね。それなのにあのような目で私をみるなど全く反省の色が見えませんでした。本当に男というものは愚かですわ。あ。私としたことが失礼なことを言いました。男性全てがそうではないですね。すいません」

 エイリアは軽く頭を下げた。


「そんなことよりも、ハリスさん、よく魅了の術に耐えましたね。神官でもなければなかなか耐えられないんですよ」

「いやあ、たぶんそれは別に私の抵抗力が強かったわけじゃないと思いますよ」

 俺はティアナの縫った物の話をする。


「ここだけの話にしてください。どうもその秘密を探ろうとしている連中がいるらしいんです」

「もちろんですわ」

 エイリアは固く約束をする。

「ティアナさんにそんな能力があったなんて。でも、やっぱり、ハリスさんとティアナさんはお互いのことを深く思いやっていらっしゃるんですね。羨ましいです」


 頑張って歩いたお陰でシノハ村の宿屋が閉まる前に着くことができた。気丈に振る舞っていたがエイリアの疲労は目に見えるほどになっている。部屋を頼むと商人の一団が泊っているせいで、あいにくと空き部屋は一つしかなかった。しかも寝台はひとつしかないという。他に選択肢がなくその部屋を借りた。

 

 1階の酒場で簡単な食事をとって部屋に戻る。もともと田舎の宿は男女別に大部屋で相室が基本だ。そのつもりでいたのにエイリアと2人きりという事実が重い。俺はさっさと肘掛け椅子を占拠して背もたれに体を預けた。エイリアが近寄って来て俺を見下ろす。


「ベッドはエイリアさんが使ってください」

「そういうわけにはいきません」

 俺は背負い袋から酒の携帯容器を取り出した。ポケットから移しておいた下着が一緒に飛び出す。エイリアがそれを凝視した。


 マーキト族の習慣を説明しても嘘くさい。俺は何もなかったようにそれを仕舞う。

「俺はもう少し飲んでますんで先に休んでください。神に誓って指一本触れたりしませんから」

「詰めればなんとか二人寝れます」


「いや。それはまずいでしょう」

「どうしてですか? ティアナさんとは一緒に寝ているのに」

「それとこれとは話が別です。あの子はまだ子供だが、あなたはそうじゃない。大人同士が寝台を共にするわけにはいかないでしょう?」


 俺は携帯容器から一口飲んだ。強いアルコールが喉を焼く。エイリアは俯いたが顔を上げた。

「それを私が望んだとしてもですか?」

 エイリアの目に怪しい光が宿る。

「神殿での生活が長いですが、私だって何も知らないわけじゃありません」


 俺は深いため息をついた。

「エイリアさん。あなたは俺のことを誤解している。思っているほど善人じゃないし、あのエロ村長と根っこでは変わらないよ。星の巡りあわせでいい面ばかりが見えてるかもしれないけどね」


「嘘です」

「いや、だからさ」

「ティアナさんが居るからなんですね。だから私にそのような見え透いた嘘を言って諦めさせようというのでしょう?」

「そういうわけじゃない。それよりエイリアさんのほうこそ急にどうしたんです?」


 エイリアは俺をじっと見る。

「ハリスさんが連行されてマーキト族に引き渡されたという話を聞いた時に胸が張り裂けるように痛みました。それで分かったんです。私はハリスさんのことが好きなのだと。もう会えないかもしれないとなってはじめて自分の気持ちに気付くとは愚かでした」


 エイリアは両手を握りしめる。

「でも、自分の気持ちに気づいたからにはもうこれ以上自分を欺くことはできません。今回の神託の件を聞いた時に、ハリスさんと2人だけになれる絶好の機会だと思ったのです。……それで、ハリスさんは私のことはお嫌いですか?」

 ひどく悲しそうな目で見つめてくる。


「いや。そんなことはないが……」

 正直に言えばちょっと気持ちが引けていた。なんだろう。俺が嫌いと言ったら、あなたが手に入らないならいっそのことと言いだしかねないものを感じる。椅子に座り込んで素早い動きができないことを後悔した。


「もし、私のことを愛しているなら私にも……」

 俺は頭を抱えた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。性急すぎるだろ。こういうのはきちんと手順を踏まないとな。お互いに立場もある」


 エイリアは俺を凝視していたが視線をそらせる。頬が赤くなった。

「少し取り乱していたようです。ハリスさんの仰る通りですね。チーチさんの登場に焦り過ぎたのかもしれません。でも、まだ決まったわけではないのですものね。それでは私もハリスさんの妻に立候補します。いいですね?」


 俺の沈黙を承諾と受け取ったのか、エイリアは緊張を解く。

「それではハリスさんの好意に甘えてベッドは使わせていただきますわ。おやすみなさい」

 ためらいもなく肌着姿になり横になるエイリアのことを俺はいつまでも茫然と眺めていた。



 

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