第104話 闇の眷属

「村長に会いたいんだが」

「ああ。案内しよう。ついてきなされ」

 老人はくるりと向きを変えると村の中に引き返していく。背を向けた瞬間に俺はエイリアに手で符牒を送った。最大限に警戒せよ。


 エイリアは了解と返してくる。どう見てもこいつが村長だった。頭に髪の毛が無く泥鰌のようなひげを生やしている。シルヴィアから聞いた人相にそっくりだった。それに田舎の村人にしては服装が良すぎる。神託で警告を受けていたこともあって怪しさ満点だ。


 俺達をどこかに誘導しようとしていると見て間違いない。このままノコノコとついていくのも危うい感じがするが、黒幕のところへ案内してくれているとも言える。明らかに誰かに操られており、しかもあまり複雑な応答ができるわけではないようだ。誰に何と言われてもついて来いと言って所定の場所に向かうように言い含められていると推量する。


 こいつを使役してる奴が表立って行動しないということはそれほど強力な相手ではないのかもしれない。ただ、何らかの方法で人間を支配下に置いてそいつに仕事をさせる芸当が出来ることは脅威ではあった。まあエイリアを同じように操縦するのは無理だろう。ただ俺がそうならないとは自分でも自信が持てなかった。


 爺さんは一軒の家の前で止まる。なかなかに立派な屋敷だった。戸口を開けると中に入るように促される。

「さあさあ。遠慮はいらん。中に入ってくれ」

 こんな爺さんでも背後を取られるのは不安だな。


 俺は戸口に近づくふりをして爺さんの首に腕を回して8つ数える。意識を失った体を地面に横たえた。その行為にエイリアは何も言わない。両肩のナイフを引き抜いて手に持ち中に入った。薄暗さに目を慣らしてから廊下に面したすぐ近くの半開きのドアの隙間から中をのぞく。中には数人の体格のいい男たちと美男美女がいた。


 男たちは俺に気づいた様子は無かったが、美女とは目が合ってしまった。

「おや。どこから迷い込んだのかしら?」

 俺に続いてエイリアが部屋に入ると男の方がほうといった表情をする。

「これはこれは。鄙には似合わぬ清楚なお嬢さんだ。ふむ。ただの鼠ではなさそうだな。お前達、侵入者を捕まえろ」


 5人ほどの男たちがゆっくりと近づいてくる。よく日焼けした顔から村の農夫だと知れた。俺がナイフを構えると美女は俺を煽ってくる。

「神に仕える立場で罪もない農夫たちを傷つけることができるのかしら。これは見ものね」


 俺はナイフを仕舞う。

「そうよね。敬虔な神のしもべが暴力を……」

 俺は一番近くの男の顔を無言でぶん殴った。たまらずその男はひっくり返る。頑強な体つきをしているとはいえ農夫だ。戦い方なぞ知るはずがない。


 俺は次々と拳をふるい足を繰り出した。

「くそ。固い骨しやがって。拳が痛いったらありゃしねえ」

 美男美女はあっけに取られている。俺は毒づいた。

「バカじゃねえの。こんな柄の悪い神官がいるかよ。もっと人間のこと勉強しとけ。この闇の眷属どもめ」


 美女の口の端が吊り上がった。

「この辺りの役立たずに比べれば随分とイキがいいこと。我が下僕として存分に使ってやるわ」

 美女の目が怪しく光る。


「ハリスさん。気を付けて」

 エイリアの声が聞こえると同時に周囲の空気が変わる。まるで甘い蜜のようにねっとりとした粘度をもって俺を押し包んだ。

「さあ。私に忠誠を誓うのです。そして、その娘を捕らえ、我が兄に献じなさい」


 エイリアはメイスケースからメイスを取り出して構えていた。俺はちょっとだけ後ずさる。

「勘弁してくれよ。そりゃ俺も殴ったり蹴ったりはしたけど仕方ないじゃないか。それで撫でられたら流石に魂が体から出て行っちまう」


 俺はショートソードを抜いた。天井のあまり高くない屋内ならナイフの方がさばき易いが、人ならざる者相手には魔力付与されてないと効かないだろう。

「なぜ私の魅了の術が効かない? 嘘をついたわね。お前も神官なのでしょう。うろんな風体と言動で私をたばかるとは卑怯者め」


「話には聞いていたが魅了ってのがこれなのか。卑怯者? 褒められたと思っておくぜ。」

「魅了をはねのけるとはさすがです」

 エイリアに褒められちゃったぜ。


「悪いが俺は神官じゃねえよ」

 俺は男の方に駆け寄る。別に恵まれた容姿が気に入らなかったというわけじゃない。そっちの方が近かったというだけだ。気合の声と共にショートソードを横に払う。軽い手ごたえを感じると切り口から黒い砂のようなものがあふれ出した。男の姿がどんどん薄くなってかき消える。


「よくも兄を」

 美女の顔が歪む。手の爪が伸びてナイフほどの長さとなっていた。ルビーのような輝きを帯びるその爪は触れたらまずい雰囲気をしている。そこへ鋭い気合の声がかかった。美女の右腕が吹き飛びそこからさらさらとチリとなって消える。


「意外にあっけないもんだな」

「いえ。運が良かっただけでしょう。いえ、ハリスさんが意表をついたからですわ。村人に囲まれたら厳しい状況になったかもしれません。なるほど、これが覚悟なのですね」

 エイリアは一人何かに納得している。覚悟ってなんのことだ?


 しばらくすると村人たちはごそごそと起きだす。

「俺達どうして? あいてて」

「うおっ。顔が腫れてる」

「あんた達はいったい誰なんだ?」


 事情を説明すると半信半疑ではあったが、ここ5日ほどの記憶がなく何らかの怪異にあったということは理解したようだった。詳しく聞き込みをして原因を探す。最初は渋っていたがエロ村長が手に入れたという鏡を俺達に見せた。行商人から買ったもので絶世の美女が中に写るという触れ込みだった。


 俺が見ても分からなかったがエイリアは一目見た瞬間にこれが原因だと断定した。結構な瘴気が漂っているのだという。

「これは闇の世界とこちらをつなぐ門を開くものです。村長さん。中に写ったものが出てくるように願いましたね」


 エイリアに問い詰められて村長は白状した。中から何かが飛び出してきたような気がした以降の記憶がないとも言う。

「これは危険なものです。処分しますね」

 エイリアに頼まれ俺は地面に置かれた鏡にショートソードを突き立てる。鏡は割れるとぶわっと煤のようなものが舞い上がり、風に吹かれて消えた。

 


 





 

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