第102話 食えない上司
「まさに両手に花じゃない。何が不満なの?」
「本気で言ってます?」
「嘘よ。お気の毒さま」
サマードが吹き出した。
心配をかけたということで帰ってきた翌日にギルド長のもとへ報告に訪れていた。長い説明の後で出た言葉には真剣みがない。サマードは俺の寝不足の姿を見て楽しんでいた。昨夜は俺とティアナが同じベッドで寝ていると知るとチーチも寝室に居座って出て行こうとせず、結局3人で寝た。
「チーチさんも親元を離れて不安なんだと思います」
ティアナの言葉にチーチは目元に寂しげな色を出す。大した役者だった。しかし俺は知っている。チーチはティアナと同年配に見えるが実は5つも年上だし、親元が恋しいという性格でもない。
最初は入口側から順にティアナ、俺、チーチと少しずつ離れて横たわっていたのだが、チーチがやたらと俺にくっついてくる。俺の右腕にしがみつくチーチに気づいたティアナが左腕にからんできた。お陰で俺は寝返りも打てないまま夜遅くまで起きている羽目になったというわけだ。
「ご心配をおかけしたので言えた義理じゃないんですが、少しは俺の身にも……」
言いながら俺はサマードの態度に引っかかるものを感じて一旦口をつぐむ。
「あ。ギルド長。知ってましたね。マーキト族が俺を要求したのは害する目的じゃないってこと」
「なんのことかしら?」
目を細めるサマードは背もたれに体を預ける。
「そんな機密を私が知るわけないでしょう」
「いいや。コンバの報告を受けた後に軽挙妄動を慎めと言った以上のことをしてないですよね?」
「そりゃ赤竜騎士団が出張ってるんじゃ手が出せないでしょう?」
「その赤竜騎士団に俺がコンバの実家に向かったというのを教えたのもギルド長でしょう? 何も手を打てなかったんじゃなくて打たなくても大丈夫なことを知っていたんだ」
「そんなことよりどうするの? あのチーチって娘を妻に迎えるつもり?」
はぐらかしやがった。俺は歯噛みするがサマードが簡単に手の内を明かすとも思えない。俺が睨むとサマードは驚いてみせた。
「え。そういうことなの? あなたの気持ちに気づけなくてごめんなさいね。実は私のことが好きだったのね」
「そんなわけないでしょう!」
大声を出したらサマードは笑い出した。
「あら。残念」
くそ。完全に遊ばれてるな。
そこでコンバの母親のジョスリーンの顔が浮かんだ。そういうことか。ジョスリーンもこの件の情報をつかんでいたんだ。王国にしてみれば東西に問題を抱えるこの状態でマーキト族と揉めたくはない。俺との関係は王国に対して強力なカードとなるわけだ。
気づけばサマードが俺の顔を覗き込んでいた。
「人気者は大変だけど、百花繚乱で羨ましいという殿方も多いでしょうね」
「お陰さまで敵も一杯いるんですがね。ガブエイラ・マルク。俺への逆恨みは消えてなかったですよ」
「冒険者のゾーイに、デニスもいるわね。そういえば、セプテート子爵とも揉め事があったんでしょ?」
あの酔っぱらい親父にからまれた件をサマードが知っていても俺はもう驚きはしなかった。やはりサマードは一介のギルド長じゃない。
「ゾーイは逃げおおせたようだけど、セプテート子爵のことは心配しなくていいわ。酒癖は悪いけど素面のときは小心者ですからね。領地を相当削られたときも、陛下の裾にすがって泣きながらその程度で済ませた温情に感謝してたらしいわよ」
「どういうことです?」
「それはどういうことかしら?」
「あなたが見た通りの人間ではないということです。そう判断できるだけの材料を俺に漏らすのはなぜです?」
「ハリス。あなたがどんな想像をしてるのか分からないけど、私は私よ。ノルンのギルド長アーシェラ・サマード」
サマードは不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、私があなたの立場なら自分の想像をべらべらしゃべる真似はしないわね。そんなことをしても得はないわ。頭のいいシーフさん」
「ギルド長から頭がいいと言われるのは2度目ですね」
「そうだったかしら?」
俺は目をつぶった。寝不足の頭でサマードと張り合うのはきつい。前回は聞き流したが今回のアクセントは明らかに意図したものだった。つまり、サマードはあのことを知っている。これもメッセージなのだろう。目を開くとサマードは両手を広げている。
「疲れているようだし、これぐらいにしておきましょう」
「ええ。しがない冒険者にしてみればギルド長とお話しするのは骨ですよ」
俺はソファから立ち上がり礼をして部屋から出て行こうとする。
「いつまで闇に潜めるかしらね?」
「シーフにとってみれば闇は友ですよ」
サマードはいつまで韜晦できるのか問うていた。その問いへの答えを考えながら階下に降りるとジョナサンが心配そうに声をかけてくる。
「どうしたんですか? 随分お疲れのようですけど」
「ギルド長とサシで話せば誰でもこうなるさ」
ジョナサンはふふっと笑う。
「確かに緊張しますね。迫力ありますもの。そうだ。また新人パーティの引率お願いしたいんですけど、都合はどうでしょうか?」
簡単に日程調整をして家に帰ろうとすると声がかかった。
「ハリスさん大変でしたわね」
「リーダー。顔色が悪いけど大丈夫なの?」
見ればエイリアとキャリーだった。
「なんとかね」
そこへシノーブの声が割り込む。
「お二人さん。相変わらずキレイだね。ところで俺の隊に移るって話考えてくれたかい? 絶対にこっちの方が稼ぎもいいと思うけど」
俺の前でわざわざその話をするかよ。
「私は神殿の仕事がありますのであまり冒険には出れませんから。あ、そうそう。ハリスさん。お願い事があるのですが、こちらでは……神殿までお出でいただけます?」
エイリアは俺の側に来て頭を下げた。
「悪いが私も移籍する気はないね」
「どういうことだよ? そんなおっさんのどこがいいんだ?」
「仕事に色恋を絡めるのは主義じゃないんだ。それにハリスなら安心して背中を預けられる。そういうことさ。エイリアさん。その話を私も聞かせて貰える?」
「折角この俺が声をかけてやってるのに。後で後悔しても知らねえからな」
シノーブの捨て台詞を気にも留めず2人は両側から俺の腕を取りさっさと歩き始める。俺は仕方なく連行されながら勘弁して欲しいと頭を振った。
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