第99話 蛮族の集落

 昼夜を問わず疾走を続けた騎士団は所定の場所へ配送を完了する。俺達が到着すると遠方に砂煙が上がって100騎ほどの集団がやってくるのが見えた。到着するまでの間に俺は馬から降ろされ後ろ手に縛られる。30歩ほどの間隔を空けて蛮族の一団と相対した。


 のんびりと双方の武装の違いを観察しているどころではなかったが、あまりに対照的だった。こちら側は馬にまで鎧を着せて金属鎧に身を固め長い槍が主武器の重騎兵なのに対し、あちら側は革の鎧に弓を手にしている軽騎兵だ。ただ、反りのある特徴的なフォルムの弓は取り回しも楽で貫通力も高い。


 馬上で余裕しゃくしゃくのマルクだったが、この状態でぶつかり合ったら不利だというのは分かっているのだろうか? 俊敏な相手に鼻面を引き回されたあげくに射程外から一方的に撃たれることになる可能性が高い。ただ、戦いが始まれば真っ先に俺は踏みつぶされることになり、その姿を見ることはないだろう。この先どうなるかは不明だが、とりあえず和やかに交渉が終わって欲しい。


 先方の集団の先頭にいる若い男が声をあげる。なまりはあるものの共通語だった。

「我々への品物は準備できたか?」

 縄をつかんでいた騎士が俺を押しやり、自らは馬上に戻った。振り返るのもしゃくなので顔を上げて前に出る。


 止まれとのしぐさをしたので中間地点で立ち止まった。先頭の若い男は斜め後ろを振り返る。フードを被った小柄な人物が首を縦に振った。赤竜騎士団に対する警戒を続けながら、俺を手招きする。逞しい体つきの大男が手を伸ばしてきて俺を馬上に引き上げた。なんて腕力だ。


「確かに引き渡したぞ」

 マルクは叫び馬首を巡らせて引き上げて行った。俺を後ろから抱えている巨漢の腕は俺の足の太さほどもある。締め上げられたら肋骨を折られそうだ。こうなったらじたばたしても始まらない。俺は蛮族の引率者らしい若者に視線を注ぎ続けた。


 若者は俺の様子をしばらく観察していたが、俺には分からない言葉を何か叫ぶ。100頭近い馬が一斉にたてる馬蹄の音が響く中、どこに向かうのか分からない一団はかなりのスピードで走り続けた。抱えられ馬の動きとうまく体が合わせられずケツが馬の背で跳ねる。そして、それよりも閉口したのが後ろ手に縛られているせいで手が巨漢の股間にあることだった。


 俺が落ちたり逃げたりしないように俺を抱きかかえているのでどうしても手が押し付けられることになる。下手に手を動かすと敏感な部分を刺激するかもしれず全く動かすことができない。本当なら今後に備えて血の巡りが悪くならないように時々動かしたいのだが、それができないのがもどかしい。


 仕方がないので仮眠をとることにする。支えられているので落馬の心配はしなくていい。巨漢の体臭が鼻につくのが邪魔だったが、しばらくすると意識が途切れた。体が斜めになる感覚で目を覚ます。体は揺れてなかった。どうやら小休止のために止まったらしい。


 想像以上に時間が経っていたようで、周囲はうす暗くなっていた。あいにくの冬曇りの空模様で星が見えない。星が見えればおおよその場所の検討がつくのに残念だ。視線を降ろすと鼻先に干し肉が突き出される。逡巡したら口に押し込まれた。塩気と獣臭さを我慢すれば食えなくはない。


 乱暴にゆすられて目を覚ます。遠くの空が白み始めるところだった。体の自由がきかない酷い格好だったが結構寝ていたようだ。自分の神経の太さに苦笑する。昨夜と代わり映えのしない朝食を食べるとすぐに出立となった。ティアナの作る食事に慣れたせいで物足りない。昨日とは別の男の馬に同乗して出発する。


 代わり映えのしない景色が続く退屈な時間が過ぎる。ようやく馬が速度を落としゆっくりと歩くようになった。周囲がにぎやかになる。言葉は分からないが大勢の人間が挨拶をかわしている。一団は多くの天幕がひしめく中に入って行った。オアシスが近いのか緑が多い。どうやらここが連中の集落なのだろう。


 馬から降ろされ、一行のリーダーが近づいてくると俺の腕を取った。

「ようこそ。マーキトの集落へ。ハリスさん」

「以前に会ったことは無いと思うんだが」

「そうだ。私はキンブリという」


 歩いて行くと路上の人間は俺達を見て左右に道を空け頭を下げた。この若い男キンブリはマーキト族でも地位が高いようだ。

「キンブリさん。これからどうなるか教えて貰えると嬉しいんだがな」

「私はあなたを受け取ってくるように命ぜられただけだ。悪いが何とも言えないな」


 横目で見ると微かな笑みのようなものが浮かんでいる。どうも知っていてとぼけるつもりらしい。この状況を楽しんでいるようだ。状況からして俺を連れてくるように命じた奴のところに連行されているのは間違いなさそうなので口をつぐむ。質問するならそいつの方がいい。


 歩哨が立っているひときわ大きな天幕のところに着く。キンブリが何か言うと歩哨は道を空けた。天幕の入口がするすると巻き上げられる。中に入ると正面の椅子に大柄な男がどっかりと座っており、左右に数人が控えていた。見事な毛皮が敷いてある場所に立たされる。


 キンブリが大柄な男の側に行きなにやら告げた。一緒についてきていた何人かも各々が左右の人の列に混ざり、キンブリは大柄な男のすぐ左側に立つ。やはりお偉いさんらしい。顔が似ているので大柄な男の息子というところか。場が静まると大柄な男が口を開いた。


「ようこそ我が集落へ。私が族長のネムバだ。さて、早速だがここへ来てもらった用件を話そう」

 ネムバがキンブリの方を向く。その更に奥にいた小柄な人物が被っていたフードを取った。褐色の肌に黒目が印象的な顔が現れる。いつぞやと同様に俺を睨んでいた。


「我が娘チーチの危難を救ってくれたこと、父として礼を言う」

 普通礼と言うのは手を縛ったまま言うものじゃないと思うが……。

「だが、意図したことではないとはいえ、乙女の素肌を目にしたことは許されぬ。その資格があるか、チーチと勝負して示して貰うこととする」

 はい?

 

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