第100話 決闘

 キンブリほか数名に別の天幕に連れていかれ、そこで手首のいましめを解かれた。さすったり回したりして手の感覚を取り戻す。気づけば首から動物の骨と思われるものでできたネックレスを下げた婆さんが呪文を唱えていた。婆さんは干からびていて火をつければ良く燃えそうだ。


 俺の体に圧がかかる。この感じは魔力検知か。左手の小指にはめた指輪が微かに熱を帯びる。婆さんは首を振りながら言った。

「こやつの装備は見た目通りのありふれた物じゃ。本人同様にくたびれておるな。いひひ」


「余計なお世話だ」

「威勢がいいのう。それじゃワシはこれでお役御免じゃな」

 キンブリが頭を下げる。

「おばばさま。ご足労をかけました」


 蛮族とはいえ魔法士もいるとは侮れないな。もっともマルホンドの指輪の守りは崩せなかったようだ。変態エロじじいだが少なくとも持ち物は一流品だったということか。俺の側に脚付きの低い台が置かれる。

「腹が減っては戦が出来ぬだろう。食っておけ」


 俺は敷物に座り込んで出されたものを食い始めた。

「これから戦ってもらうがルールを説明しておこう」

 キンブリが説明をする。相手に3回血を流させるか、参ったと言わせた方が勝ちということだった。


「我が妹チーチは細剣の使い手だ。実戦では体格に勝る相手に苦戦することもあるが、試合では部族で5本の指には入る。せいぜい頑張るといい」

「一つ聞いていいか。なぜ俺だと分かった? ほんのちょっと顔を合わせただけで名前も知らんはずだ」


 キンブリはにやりと笑う。

「持ち物に名前を書いておいて何を言う。妹に渡したマントに名前の縫い取りがあったぞ。我々では読めないとでも思ったか?」

 ああ。そういえばうちには名付け魔がいたんだった。

「俺は彼女を助けたんだぜ。この扱いはどうなんだ?」


「お前のその恰好と雰囲気はスノードンのところのごろつきによく似ているからな。後難を恐れて途中で仲間割れをしたのかもしれないだろう? さあ、食事が終わったようだしついて来い」

「ちょっと待ってくれ」


「なんだ? いまさら気おくれしたか? 見苦しいな」

「いや。そうじゃねえ。ちいっとばかり憚りに行きたいだけだ」

 キンブリが不審の目を向けてくる。

「これから試合をしようというのだぞ。神経が張って出るはずがない」


「別に逃げるために言ってるんじゃねえ。なんならここでしてもいいんだぜ。あとで掃除が大変でも文句を言わねえでくれよ」

 俺がズボンに手をかけるとキンブリは手を振った。

「仕方ない。ついて来い」


 俺は不浄の場に行き、思うさま生理的欲求を満たす。ふう。監視の目付きだったが集落に着いた時から我慢していたのでほっとした。

「これで思い切り剣を振れる」

 キンブリ達は呆れた顔をしていたが、俺を集落内の広場に連れて行く。


「なあ。一応聞いておくが、間違えて殺したり手足切り落としたりしたらまずいんだよな?」

 キンブリは不思議そうな顔をする。

「先ほどの説明を聞いただろう? 血を流す程度の傷で勝負が決まる。あくまで名誉のための戦いなんだ」


「そうは言ってもな。こっちは無罪放免がかかっているんだ。つい力が入り過ぎることだってあるだろうさ」

「そうならないように気を付けることだ。妹は跳ねっかえりだが民から慕われているからな。生かしちゃおけないという血の気の多い奴が出てくるだろう」


 敵地での戦いという上にこちらは手加減しなければいけないとかハンデが大きすぎだろ。ぼやきたくなるが口には出さなかった。

「あともう一つ教えてくれ。あんたたちの中に腕のいい薬師なり神官なりはいるのかい? どうも女性の肌に傷をつけるのは気が引けるんだが」


 キンブリはフンと鼻を鳴らす。

「バカにするな。当然その程度の傷ぐらい跡も残さず消すことぐらい出来ずして、このような試合をするわけがなかろう。チーチとて傷だらけの肌で嫁に行くつもりはないはずだ」


「そいつを聞いて少しは安心したぜ。しかし、あんた達は相当武張ったことが好きなんだな。俺の腕を試すのなら何も花の乙女じゃなくても他の者でもいいだろうに。ああ、名誉の問題だったな。見たって言ってもほんの一瞬、事故みたいなもんなんだけどな」


 キンブリは俺の言葉に取り合わずに怪訝そうな顔をしただけだった。まあ、お互いに色々と文化の違いというものはあるだろう。おっと、そういう壮大な話を考える前に俺が生き延びる術を考えなきゃな。顔は避けて手足に軽く傷を付けるというのがベストだろうが、そううまくいくかどうか。


 天幕が立ち並ぶ中に十分に立ち回りができそうな空間が現れた。円形の空き地の周辺部には老若男女がぐるりと人垣を作って中にいる人物に声援を送っている。俺はキンブリに押し出されるようにして人の輪の中に入って行った。俺と正対するのはもちろんチーチ。


 俺と同じような革の鎧にブーツ姿で腰に細剣を吊っている。目の色と同じ漆黒のつやのある髪の毛は後ろに束ねてあった。緊張した様子もなく黒い目で俺の様子を伺っていた。この佇まいからは少女の可愛らしさは消え、熟練の戦士としての自信が感じられる。


 俺が進み出ると左手の即席の演説台の上にネムバが立った。それと同時に周囲の熱した空気はそのままに静寂が訪れる。なにやらネムバが良く通る声で演説を始めた。マーキト族の言葉なので何を言っているのかは分からないが、なんとなく身振りで両者を紹介しているのと推量できた。


 聞き取れたチーチの名と共に当人が腰の細剣を抜き放ち天に掲げた。続いて俺の名を呼ばれたような気がするのでショートソードを頭上に差し上げる。万雷の拍手が沸き上がった。ネムバの演説が終わると周囲から歓声があがりや指笛が吹き鳴らされた。なんとなく決闘に相応しくない砕けた雰囲気になる。


 元々浅黒いのではっきりしないが、チーチの面上にさっと血の気が上がったように見えた。どういうことか観察しようとした俺の注意をネムバの声が引き付ける。ネムバの右腕が垂直に上げられさっと降ろされ、知らない単語の後に共通語が響いた。

「始め!」

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