第98話 救いの手

 コンバが渾身の力で下からすくうように放った戦斧をその男の盾は受け止めた。金属が激しく火花を散らす。盾の方はコンバの得物に張り合える代物だったが、男の腕力はそれほどでもなかったようだ。方形の大型の盾が地面から浮き上がる。そこへ後ろから俺が滑り込んだ。


 下から太ももの付け根を狙って突き上げる。太い血管を傷つけたのか熱い血潮が降り注いだ。男の絶叫があがる。俺は立ち上がって腰を蹴り飛ばした。空いたすきまにコンバが躍りこんでくる。その間に残りの4名は後方に下がってがっちり隊形を組んでいた。


 後方から数名の足音が響く。

「撃て、撃ち殺せ」

 俺は呼吸を整える。

「止まるな。突っ込め」


 マントはたなびいているからこそ矢の勢いを減衰する。俺とコンバは再び走り出した。放物線を描いた第3波が地面に突き刺さる。

「兄貴っ」

 見れば1本の矢がコンバの肩に突き立っていた。


 目の前の堅陣は崩せそうにない。今さら意味の無いことだが俺は加害者を振り返った。視線がゾーイの憎悪に満ちた目と交差する。むかつくことに勝ち誇った表情をしてやがった。これだけの人数を揃えるとは相当金がかかったはずだ。俺の見込みが甘かったとしか言いようがない。


「兄貴……」

 コンバの声に振り返ると騎士の一団が馬上槍を構えて坂道を駆け上ってくるところだった。どれだけ金をかけてやがるんだ? 俺の疑問は盾を構えた一団が慌てふためくことで、間違ったものだったと気づく。


 俺はコンバを崖ぎりぎりに引き寄せた。

「助かった。援軍だぜ。だが、よけてないとこっちまで引っかけられそうだ」

 盾を構えた4人を叩き潰して馬上の一団はそのまま駆けあがって行った。算を乱して弓手やゾーイは木立の中へ逃げていく。


 騎士の背中に翻るマントに染め抜かれたのは真っ赤なドラゴンだった。

「兄貴。あれは赤竜騎士団っすよね」

「ああ。最精鋭の騎士団だ。基本的に王都から動かないはずなんだがな。とにかく助かったぜ。お、そうだ。肩の傷は大丈夫か?」

「ちょっと痛いっすね。でも心配いらないっす」


 気づけば兜に羽飾りのついた騎士が近くまで来ていた。俺は謝意を込めて胸に右手をあてて一礼する。顔を上げるとその騎士が兜の面甲を上げた。見知った顔を見出して俺の心臓は早鐘を打ち出す。秀麗な顔に冷ややかな笑みを浮かべていた。

「スカウトのハリスだな」


 その名を口にするのは嫌だが仕方なくというように俺の名を告げる。質問ではなく一応口にしてみたという感じだった。首元から何かを口に運ぶ。鋭い笛の音が響き渡った。コンバが俺の耳元で小声を出す。

「あれって以前に兄貴をしょっ引いてった騎士じゃないっすか?」

「ああ。ガブエイラ・マルクだ」


 俺の返事も小さな音量にしたつもりだがマルクに聞こえたらしい。

「私の名前を憶えていてくれたとは光栄だね。まあ、盗賊風情に記憶されていたとて嬉しくもないが」

 その間に一騎また一騎と引き返してくる。


 総勢20名ほどの騎士の輪の中に閉じ込められてしまった。悪い予感しかしないが俺は努めて明るい声を出す。

「危ないところを助けて頂き感謝に耐えません。赤竜騎士団の名がますます高まらんことを」


 騎士の一人がマルクに問いかける。

「隊長。この男で間違いありませんか?」

「ああ。間違いない。この男がハリスだ」

 親しみの欠片もないマルクの声を聞きながら俺は頭を回転させる。


 確かサマードはマルクが荒鷲騎士団長からは解任されるはずだと自信満々だった。中堅の騎士団長から最精鋭の赤竜騎士団の数人いる隊長の一人への移籍ならほぼ同格だ。多少は降格感はあるがまだ格好はつく。なるほど。必要以上に本人の負の感情を刺激しない形で決着をつけたのか。どうも俺への逆恨みは消えて無さそうであるが。


「この男はどうも事態が分からないようだ。我々が受けた命令を教えてやれ」

 マルクの声に愉快そうな感情が加わった。鼠を前にした猫や蛙を睨んだ蛇もきっとこんな感じに違いない。

「可及的速やかにノルンのハリスを生きたまま拘束し指示する場所まで運べ、であります」


「生死を問わず確保せよということなら手間は省けたんだがね。まあ命令には従わねばな。ということで、同行願おうか」

「兄貴をどこに連れて行くんだ?」

 構えてはいないものの戦斧を手にしたままのコンバが俺の左前に出る。

「止せ」


 マルクは余裕だった。

「赤竜騎士団を前にして逆らうとはいい度胸だ。その勇気に免じて行き先は教えてやろう。別に秘匿せよとも言われていないしな」

 マルクは気取った仕草で1枚の紙を取り出す。


「シラク山の麓の河原だそうだ。そんな辺鄙なところで誰が待っているんだろうな」

「シラク山って王国の外じゃないっすか」

「さすが冒険者。よく知っているじゃないか。それじゃあ、ついでだ。引き渡す相手も教えてやろうじゃないか」


 マルクの口の端が吊り上がる。

「蛮族の最大勢力マーキト族長ネムバだそうだよ。えらくご執心らしい。おっと可及的速やかにとのことだったな」

 マルクがあごをしゃくる。騎士が2名下馬して近づいてきた。


 俺はコンバの肩に手を置く。

「心配するな。ここで争っても仕方ない。町に戻ってギルド長に話をしてくれ」

 俺が前に出ると騎士の一人が馬の背に俺を押し上げ、俺の後ろにまたがった。

「ギルド長でも誰でも助けを求め給え。宰相の命令を取り消せるとは思えないがね。それに我が騎士団に追いつけるとも思えないな。行くぞ」


 マルクの合図で騎士団は疾走を開始する。身をよじれば砂埃の中で必死に走り始めているコンバの姿が見えた。体を前に向けると俺の側にマルクが馬を寄せ、馬蹄の音に負けないように声を張り上げた。


「喜べ。お前は王国と蛮族の間の和平のために身を捧げることができるんだからな。長く語り継がれるだろうよ。何をやらかしたのかしらんが、わざわざ五体満足なお前を要求してきたそうだ。マーキト族は恨みのある相手の頭蓋骨で酒杯を作るそうだぞ。いずれ和平が破綻したら俺が奴らを掃討し、酒杯を見て大笑いしてやる」



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