第93話 恋心
コンバの実家はドーラス山を超えた向こう側。馬で3日程度の距離らしい。往復で7日ほど家を空けることになるので、各方面に頭を下げて回った。ジーナだけでなくキャリーとエイリアが気を配ってくれることになる。キャリーは仕方ないわねといっていたが頬が微妙に緩んでいた。あれは絶対ティアナの飯目当てだな。
閑散とした山道を進んでいく。大雪が降ったら大変なのだろうが、幸いなことにこの辺りは積もることはまれだった。冷え込みだけは相当のものだが、ティアナの肌着のお陰で全然寒くない。冷静になって考えるとこれは凄いことだ。ここより北側の地域なら銀貨2枚を出す奴がいてもおかしくはない。
「兄貴。無理を言って来てもらって申し訳ないっす」
「気にするな。別に嫌々出かけてるわけじゃない。それに馬まで用意して貰ってるしな」
「本来ならお袋が来るべきなんすけどね」
「やめてくれ。木材ギルドの統領があいさつに来たらこっちが恐縮しちまうぜ」
改めてコンバの実家のことを聞いたら、王国内でそれなりの影響力がある木材ギルドを統べる3家の一つマクギティ家の出身だという。貴族には叙任されていないが実力はかなりのものだ。コンバの父親は既に他界し、母親が女だてらに一家をまとめているらしい。
「装備も充実しているし、それなりに裕福な家の出だとは思っていたけどなあ。冒険者なんてしなくても家を継げば生活は安泰だろ」
「お恥ずかしい限りっすけどね。地元じゃ坊ちゃん坊ちゃんでいい気になっていたんすよ。それでお袋がぶち切れまして」
コンバはその時のことを思い出したのか首をすくめた。
「お袋は怒ると本当に怖いんすよ。一家の連中もお袋には頭が上がらねえんで。そのお袋が家を継ぎたきゃ武者修行して一人前になれって言ったんす。ちょうど新人冒険者を募集しているという話を聞いて放り込まれたってわけっすよ」
「なんか俺もお袋さんに会うのが怖くなってきたぜ」
「大丈夫っすよ。兄貴は恩人すから。いやあ、でも、本当に兄貴と知り合えてよかったっす。俺みたいなのにも丁寧に教えてくれるし、面倒見もいいじゃないすか」
「よせよ。照れくさいじゃねえか」
俺は顔をひと撫でする。
「それになあ。俺も実はお前と知り合ってよかったと思ってるんだぜ」
「兄貴が?」
「ああ。俺にゃ兄弟はいねえからな。本当に年の離れた弟ができた気分だ」
「兄貴……」
コンバの目が潤んでいる。それからしばらくはお互いに黙って馬を進ませた。正直俺は馬に乗るのは上手くないので結構神経を使う。コンバがずずっと鼻をすすりあげる音がした。最初はどうかと思ったが、この図体のでかい男に慕われるのも悪い気はしない。そういう意味では、見た目も性別も違うがコンバはティアナと似ていなくもなかった。
コンバが咳払いをする。
「兄貴。立ち入ったことを聞いてもいいっすか?」
「なんだよ改まって」
「あ、あの。姐さんのことなんすけどもね」
「ジーナがどうかしたか?」
「兄貴はどう考えてるんすか?」
「信頼できる仲間だと思ってるよ。芯もしっかりしてるし、ああ見えて情も細やかだしな。ティアナも慕ってる」
「そうっすよね。それで、うーん」
「なんだよ。はっきり言わねえか」
「女としてはどうなんす? 好きとか惚れてるとか」
「なんでそんな……。お前、ひょっとしてジーナに惚れてんのか?」
俺の言葉にコンバは真っ赤になった。
「いえ。別に兄貴の女を取ろうとかそんなつもりはないんすよ。そんなことをしたら罰が当たるっす」
「別に俺には恋愛感情はねえぞ」
「そうなんすか。姐さんは間違いなく兄貴のことが気に入ってるっす。年末の実家の話だって、あれ、遠回しに兄貴に話を振ってんだと思うんすよ」
まあ、そうかもしれないとは思っていたが、コンバも同じ考えか。
「そりゃ、お前が気を回しすぎだろ。ジーナが俺みたいなおっさんに興味を示すとは思えないけどな」
「年は関係ないっす。そんなことを言ったらティアナちゃんはどうなんすか? もっと年が離れてるじゃないっすか。やっぱり兄貴はティアナちゃんの方が好きなんすね?」
俺はわざとらしい笑い声を出す。
「あいつはまだ子供だろ」
「でも、兄貴。時々女を見る目をしてるっすよ。あ。生意気なこと言ってすいません」
「そんな顔してるか?」
「酒が入ると」
そう言われると思い当たる節が無くはない。
「俺のことはいい。それでお前はジーナのことが好きなんだな」
「そうっすね。姐さんは俺のことなんか子供扱いですけど、できれば嫁さんに来て欲しいと思ってるんすよ。本当に兄貴は姐さんに惚れてるとかないってことでいいすよね?」
コンバは朴訥な顔に決意をみなぎらせる。俺は頷いた。
「だったら、俺は姐さんじゃない、ジーナさんに求婚するつもりっす。あ、すぐには無理っすよ。鼻で笑われて終わりになりそうっすから。でも、絶対に振り向かせてみせるっす」
「そうか。頑張れよ」
コンバの奴、若いのにしっかりしてるんだな。放っておいてもそれなりの縁談が来そうな立場だってのに、自分で結婚相手を決めるつもりか。俺がコンバぐらいの頃はそんな気にはなれなかったけどな。そのせいで、いい年をして一人身なわけなんだが。
「それで、兄貴にお願いがあるんすけど」
「なんだ? 俺に恋の仲立ちなんて無理だぞ」
「そんなつもりはないっすよ。ただ、お袋を説得するときに援護して欲しいんすよ。ジーナさんがいかにいい人か説明して貰えないっすか?」
「俺もジーナが人として立派だとは思うぜ。俺の趣味じゃないが、女っぷりも客観的に見て悪くはねえな。まあ、ちと顔立ちがきつい感じはするけどな。だけど、なんで俺がお前のお袋にジーナを推さなきゃいけないんだ?」
「そうなんすけど、お袋は俺のこと子供扱いで全然話をまともに聞いてもらえそうにないんすよね」
「こう言っちゃなんだがさっきの勢いはどうしたんだよ。不退転の決意でお袋さんぐらい説得できなくてどうすんだ? そんな中途半端な気持ちなのか? それこそ認めて貰えないなら家を出ますぐらい言えねえのかよ」
「そうなんすけど……。お袋はちょっと……」
なんだよ尻すぼみになりやがって。まあ一肌脱いでやっか。
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