第89話 騎士と冒険者

 ちょっと見てられないほど卑屈になったマルホンド師を残して魔法学院を後にする。俺の左手の小指には銅の指輪が嵌っていた。背負い袋には貰った呪文の巻物が入っている。

「ジーナに良いお土産ができたな」

 まだちょっとむすっとしているティアナに声をかける。


「でも、あの人から貰ったものですよ」

「誰から貰ったものでも価値は変わらないさ。それにあのマルホンド師は魔法の能力だけは確からしいしな」

「お姉ちゃんに喜んでもらえるならいいですけど」


 皆で連れだって武器屋に向かう。キャリーが予備の装備を見ているはずなので合流して食事をするつもりだった。ティアナとエレオーラ姫は過日購入したお揃いの上着を着ている。4人そろって歩いていると女性を2人連れた騎士と従者といった風情になるのは仕方ない。


「こんなとこで話す話じゃないが、あの件ほったらかしにしてふらついていていいのか?」

「ああ。生きてはいるが存在しない、という啓示があったらしくてな。とりあえずは小康状態だ。だから式も挙げられる」


 ゼークトの案内で道を曲がって武器屋が立ち並ぶ一角に足を踏み入れると、キャリーと年配の男性が論争しているのが見えた。

「まったく、騎士を辞めて冒険者風情に落ちぶれおって。グラント家の恥さらしが堂々と町中を歩くな」


「お言葉ですが、冒険者も侮れませんよ」

「バカなことを言うな。実家に顔を出せる立場ではないのだから、田舎町で大人しくしておればいいものをのこのこと出歩きおって」

 キャリーの目が吊り上がる。


 俺はこっそりと年配の男性の真後ろに忍び寄る。

「よう。何を揉めてんだ?」

「おわっ!」

 初老の男性は飛びのいた。


「なんだ貴様は?」

 俺は愛想笑いを浮かべて挨拶する。

「ハリスという冒険者ですよ。キャリーさんとは何度か組んで仕事をさせて貰ってます。それでどちら様で?」


「ふん」

 初老の男性はふんぞり返る。

「私の父ジグムンドだ」

 ばつが悪そうに代わりに答えるキャリー。


「どうも初めてお目にかかります」

「こんな薄汚い男と……。まさか、わりない仲などになっていないだ……」

「父上! さすがに失礼でしょう」

 キャリーが気色ばんだ。


「妙齢の娘を持った父親としては心配するのは当然でしょうなあ。でも、ご心配なく。あくまで仕事上のお付き合いに過ぎませんし、我らのギルド長が目を光らせてますから」

「所詮は冒険者風情の管理者にすぎんだろうが」


「まあ、冒険者を下に見られるのも結構ですが、色々と身につくものもあるんですよ。気取られずに背後に回り込む術とかね」

 俺はニッと笑いかけて一呼吸おく。

「だよなあ。ゼークト」


「確かに私の技術の基礎にあるものは冒険者時代に培ったものではあるな。騎士となって学べたものも多いが、どちらが上でどちらが下というものではないだろう」

 今日は平服を着ていたためかゼークトと気づくのが遅れたジグムントは狼狽する。

「こ、これはゼークト殿」


「ジグムンド殿。ご無沙汰している。キャリー殿は貴公のご息女だったか。なるほど剣の筋がいいはずだ」

 さすができる男ゼークト。さりげない誉め言葉にジグムンドの表情が落ち着く。それを見てゼークトは身を寄せて囁いた。


「この男ハリスは冒険者をしてますが、なかなかに有能な男です。ここだけの話ですが、陛下直々にお褒めの言葉を頂いたことも」

「なに。そのようなことが」

 ジグムンドは俺に対して軽く頭を下げる。

「これは失礼をした。有象無象と一緒にしたことは謝罪しよう」


 態度を軟化させたジグムンドにゼークトはたたみかける。

「若いうちに様々な経験を積むのは悪いことではないでしょう。貴殿のご息女だ。騎士に復帰されるときはひと回りもふた回りも成長されているはず。その際は、微力ながらも私もお力添えをいたしましょう」

「……かたじけない」


 ジグムンドと別れて店に向かう道すがら、キャリーは詫びと礼を言った。

「まあ父上は騎士一筋。少々視野が狭くても仕方ないだろう」

 キャリーはうつむく。

「私も以前は同じような考えをしていた。恥ずかしい」


「そんなことよりも飯だ。変わったもの食わせるんだろう?」

 俺が問いかけるとゼークトは自信なさそうな顔になった。

「まあ、珍しいのは確かだが、ティアナ嬢の食事を毎日食べている幸せ者の点数は辛いからな。昨夜の食事も実はそれほどでもないと思ってただろ」


「タダ飯に文句は言わないさ」

「ということは考えてはいたんだな」

「それは仕方ないですよ。ティアナさんの料理は別格ですから。美味しいだけでなく、食べると幸せな気分になりますもんね」

 キャリーが会話に加わり、話題が変わったことにほっとする。


「あら。ゼークトから少しは聞いてましたけど、そんなに凄いとは初耳ね。機会があれば私も食べてみたいわ」

 エレオーラ姫までそんなことを言いだす。フードの奥からティアナが俺の顔をうかがうそぶりをした。


「さすがにうちの家はエルさんを招待するには格が足りないぜ」

「私は気にしませんけど」

「ノルンの執政官が発狂するんでやめてあげてください」

「ねえ。ゼークト。1回ぐらい厨房を貸してあげることはできるんじゃない」


「うちの料理番も職人気質でプライドが高いからな。あまり他人が入るのはいい顔しないんだが」

「なんか私だけ除け者みたいでつまらない」

「なんとか手配しよう。ティアナ嬢。面倒だがお願いできるかな?」

「ご主人様のお許しが頂ければ」


 俺は重々しくもったいぶって頷いた。

「仕方ない。ティアナ。1食作って貰っていいか?」

「はい。頑張ります」

「悪いな。せっかく休ませてやろうというつもりだったのに」

「私、美味しいものを食べるのも好きですけど、作るのも好きなので平気です」


 ゼークトが連れていった店は広場に面しており、新鮮な海産物を提供するのが売りの店だった。確かに内陸のカンヴィウムの都で海の幸とは珍しい。奥まった個室に入ってエレオーラ姫がフードを降ろす。途端にキャリーが固まった。

「あ。王女殿下とは存じ上げず……」


「今はそういうのは無しにして欲しいわ。ティアナみたいにごく普通に接してくれれば結構よ」

 そう言いながらティアナと横並びになり肩にしなだれかかる。

「どうせ夜は新年の前夜祭で堅苦しい正餐で楽しくもなんともないんだから、今ぐらい羽伸ばさせてもらわないと。ねえ、食前酒はなに飲む?」

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