第88話 マルホンド

「それじゃあ、服をまくって胸を見せてみようか」

 ボサボサの白髪が逆立ち眉も白い初老の男が両手をすり合わせて言った。

「どうして魔法の能力を調べるのに胸を見せなきゃいけないんですか? お姉ちゃんは杖をかざして呪文を唱えただけで分かりましたけど」


 初老の男、すなわちマルホンド師がもじゃもじゃの片眉を上げる。

「ああ。姉と言うのはジーナという魔法士なんです。一応アイスブレイク使える腕なんですがね」

 俺が説明するとマルホンド師はうんうんと頷いている。

「それはなかなか出来る魔法士じゃな。まあ、ワシには遠く及ばんが」


「じゃあ、なんでジーナには不要な手順が必要なんだ?」

 マルホンド師は胸を張ると言ってのけた。

「そりゃワシが見たいからだ。こんな健康的な若いおなごのぴちぴちの胸を拝める機会はそうそうないからな」


「はあ?」

 俺だけでなく、後ろに控えていたゼークトやエレオーラ姫の口からも声が漏れる。

「それじゃあ、能力の鑑定に必要なわけじゃねえのか?」

「うむ」


 思わず前に出ようとする俺の肩をゼークトがつかむ。

「なんじゃ。見るぐらい減るもんじゃなかろうに。どうせお主は毎日見てるんじゃろうが。羨ましいのう」

「み、見てません」

 ティアナが頬を染めて抗議する。


「若い者は冗談が通じんな。どうも固くなっておるようじゃから雰囲気を和らげようと言っただけなのに大騒ぎをしよる。まあいい。では始めるとしようか」

 マルホンド師は後ろに立てかけてあった杖を手にする。

「さて。ティアナといったかの? 服をたくしあげて……」


「このエロ爺!」

 俺が詰め寄ろうとするがゼークトの腕は鋼の爪のように俺をとらえて離さない。

「うむ。確かに助平なのは否定しがたいが、まだ爺という年ではないつもりなんだがな」


「マルホンド殿。そろそろお戯れはこれくらいにしていただけないでしょうか。この男を抑えておくのも疲れますので」

「ふむ。ではそうするとしようか。なかなかにからかい甲斐のある御仁じゃが、こめかみの血管が切れそうだしな」


 マルホンド師は布と糸と針をティアナに渡して縫ってみせるように言う。それに呪文を唱え、2・3度条件を変えて試してみると顎髭をしごいた。

「やはり、そうか。なるほどなるほど」

 何やら手元の紙にペンで書いている。


「それで、どのようにご覧になりました?」

「ああ。なかなかに興味深い。この娘が魔力付与できるのはあくまで自分の親しい相手、それも相当親しい相手の為に行動している場合だけだ。例えばワシ向けに作ったものには全く効果は表れない」


 マルホンド師は両手にもった2枚の布を示した。

「魔力付与したものが名前有りの品になるかどうかは使用者の名前の縫い取りをするかどうかによる。通常は作成者の名前になるものだが違うようだの。そして、同時に特定の人専用ともなる」

「ということは、例えばハリス向けに作ったものに名前の縫い取りをしなければ、汎用品の魔法の品として使用することは可能と言うことですな」


 マルホンド師は体を斜めにして両手の人差し指と親指だけを立てゼークトを指さし叫んだ。

「大正解!」

 そして、なんか変なステップを踏みながら踊りだした。


 鼻歌を歌いながら飛び跳ねているマルホンド師を横目にゼークトにささやきかける。

「このおっさん。大丈夫なのか?」

「だから言ったろ変人だって。だが魔法の知識と能力は他者と隔絶している」


 満足したのか疲れたのか荒い息をしながらマルホンド師は説明を続ける。

「さて。この娘の凄さを説明する前に、一般的に魔法士が使う魔法について説明しようか。呪文書というのは既に先人が見出した魔法の手順を示したものじゃ。並みの魔法士はそれを使って真似をしているにすぎん」


 マルホンド師はティアナに視線を向ける。控えめな胸を凝視しすぎじゃねえか。

「その点、この娘は自ら魔法を創り上げておるわけじゃな。結果的に他人が既に発見したものを再発見しておるようなものじゃが、素養としてはワシのような天才に匹敵する」


「そんなに凄いのか?」

「うむ。じゃが、その魔法を作り出すための魔力自体は一般人並みで多くはない。時間をかけて練りこむことはできるが、魔法士のように詠唱と共に即時に魔法を発動させるのは無理じゃろう。訓練次第では魔力を高めることはできそうじゃがな。どうじゃ、5年ほどワシの元で修行してみんか? ワシももう少し詳しく研究したい」


 ティアナは俺の顔を見る。

「ティアナ。お前はどうしたい?」

「急に言われてもよく分からないです。あの。マルホンド様。一つ聞いていいですか? 修行はここで行うのでしょうか?」

「うむ。ここには様々な設備もあるからの」


「でしたら、私は遠慮しておきます」

「なぜじゃ。ワシには及ばぬかもしれぬが、相当な魔法士となることができるのじゃぞ。王家に仕える魔法士クラスになるのは間違いない」

「修行している間、ご主人様のお世話ができませんから」


 ティアナはぺこりとマルホンド師に頭を下げる。

「お前は本当にそれでいいのか?」

「はい。縫い物でお役に立てることが分かっただけで十分です。魔法が唱えられても、ご主人様と一緒にダンジョンに入るなんて怖くて無理ですし、それなら、一生懸命にご主人様の繕いものをした方がいいと思います」


「で、では、ハリス殿がそなたの主人でなくなったら……」

 言いかけていたマルホンド師の目が怪しく光る。杖を握りなおして何やら詠唱を始めた。俺の視界を肩幅の広い背中が塞ぐ。

「マルホンド殿。ハリスに危害を加えれば、2度とティアナ嬢は口をきかなくなりますぞ」


 脇から覗くとマルホンド師は詠唱をやめ、その杖から輝きが消え始めた。

「ご主人様に何をしようとしたんですか!」

 ティアナの声が響く。肩を細かく震わせていた。

「そんな悪い方とは思いませんでした。絶対に魔法なんて習いません」


「あ、いや。さっきのもほんの冗談じゃ。おお、そうじゃ。あれをハリス殿に差し上げよう。匿名の指輪というてな、見た目は銅製のつまらぬものに見えるが、身につけていれば所持品の真価を隠すことができる。そうだ。姉上にはこの呪文の巻物を進ぜよう。アイスブレイクが使えるなら修練すれば使えるはずじゃ」

 マルホンド師はあたふたと2つの品を探し出すとティアナに差し出すのだった。


 




 

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