第87話 ティアナの能力
「それってご主人様のお役に立てているってことでしょうか?」
「ああ。凄くな」
ティアナは嬉しそうに手を握り合わせる。
「ああ。良かった。お料理とかお洗濯だけだと申し訳なかったんです」
ゼークトが咳払いをした。
「それでだ。ティアナ嬢の能力はハリスのサポートになっているし、それは本来素晴らしいことではある。ただ、珍しいことでもあるので公になると色々と面倒なことになるんだ」
「面倒というのはどういうことでしょうか?」
「どこかに閉じ込めて無理やり魔法の品を大量生産させれば大金持ちになれると考える奴がいるとやっかいだ。そして、その面倒ごとは現実のものになりかねない」
言葉の調子にティアナの笑みが消えた。
「レッケンバッハ伯爵から手紙が届いたのよ。ティアナがプレゼントしたスカーフがあるでしょ。どうやって知ったのかは分からないけど、そのスカーフが魔法の品だということが分かっちゃったみたいなのよ。そして目の色を変えて入手ルートを探し始めているらしいわ」
「ちなみにあのスカーフにはどんな効果が?」
「それは作成者本人に聞いた方がいいわね。ねえティアナ。どんな気持ちを込めて縫ったか覚えてる?」
「ええと。ステラ様がいつまでも元気で気分よく過ごせますようにって。時々頭が痛いって言ってたから……」
「それって魔法士の分野じゃないよな」
「そうだ。ハリス。どちらかというと神官よりの能力だ。平穏、解呪、解毒、強壮。伯爵が借り受けて鑑定させ判別した効果だ。もちろんステラさん専用のネームド。おかげでステラさん10歳は若返ったように元気にしているそうだ」
「良かった」
目を細めるティアナ。たぶん最後の部分しか理解してないな。
「それで、探し回ってる連中と言うのは?」
「ルフト同盟に属するアーヴァイン商会」
「聞いたことないな」
「そうだろう。あまり表には出てこないからな。だがルフト同盟を陰から操る大商人の中でも有力な商会だ。現在の総帥はシグルド。だが健康が思わしくなく一線を引いている。実質取り仕切っているのは誰だと思う?」
「さすがに国外のことを知るわけねえだろ。アーヴァインの名前だって初めて聞いたのに」
お姫さんがいることを忘れてついつい言葉遣いが汚くなるが、全く気にする様子はない。
「それで、例の廃坑の一件の背後に居たのもアーヴァイン商会なんだ。実はその線を洗っていてスカーフの作成者を探しているという話もつかんだんだがな」
「年のせいか話が回りくどくなってねえか。お姫様も遅くなる前に城に戻らないといけないんだろ。さっさと話せよ」
「私のことなら心配しなくて大丈夫よ。父には話してありますから」
エレオーラ姫はこんな面白い話を聞き逃してたまるかというように目を輝かしている。
「ハリス。お前もよく知ってる人物さ。で、レッケンバーグにも居たんだ」
「おい。まさか。あの女なのか」
「そうだ。アイシャだよ。シグルドの正妻に収まって辣腕をふるっているそうだ。以前と比べてアーヴァインはあこぎな商売をするって裏では囁かれているらしい」
「あのクソ女らしいぜ」
俺の袖をティアナがちょんちょんと引く。
「あの……」
「ああ。分かった。つい言葉が荒くなっちまった。お姫様も勘弁してください」
「あら。その程度なら全然気にしないわ」
声に出さず口が動く。腐れマン……。
「これぐらい言うかと思ったのに」
お姫様はにっこりと笑う。ゼークトの方を見ると天井を見上げていた。ひょっとすると妖精でも見かけたのかもしれない。
「深窓の令嬢っていう育ちじゃないんだから。似たような言葉を父の前で一度言ってみたら目を丸くしてたわ。だから、本当に理解のある夫で良かったと思ってるの。姉の夫のサンダルミヤ卿とかだったら卒倒するかもね。あら、話をそらしちゃってごめんなさい」
ゼークトの腕に手をかけて寄り添うエレオーラ姫。
「なんと呼ぶかはともかく、あのアイシャがティアナ嬢の存在に気付くとまずいとお前も思うだろ?」
「ああ。指が血まみれになるまで縫物をさせられそうだ」
ティアナが怯えた顔を見せる。
「残念だが、あの場には多くの客がいたから、ステラさんへスカーフを渡したのがお前達だと言うのを知っているのは何人もいる。実際聞きまわってる人物をアリスさんが見聞きしてるそうだ。そういや手紙預かってるぞ。それはさておき、まずいことにお前がノルンに住んでいるということはアイシャは知っている。廃坑の件で配下が相当捕まったしダメージを受けただろうが、体制が整えば手を伸ばしてくるだろう」
俺は聞いた話を頭の中で整理する。確かにゼークトの言う通りになる可能性は高い。傍らをみると話全体は理解できないものの自分にとってあまり良い話ではない内容の話をしていると知ってティアナはうなだれている。ちらりと金属製の首輪がうなじで鈍い光を放った。
アイシャも自由民に対して強引な手段をとるほど馬鹿じゃない。ただ、相手が奴隷ならば多少は危険を冒してみようとしかねないのがあの女だ。ニセ金貨なんかに手を付けているぐらいだし、その辺の倫理観は相当に怪しい。
考えこむ俺にゼークトが提案をする。
「それはそれとして、ティアナ嬢の能力の内容を確かめてみたいとは思わないか?」
ティアナを見ると困った顔をしていた。
「私は構わないですけど、具体的に何をすればいいのでしょうか?」
「本人が構わないと言うなら俺も知っておきたいな」
ゼークトは大きく頷く。
「それじゃあ、明日魔法学院を訪ねよう。マルホンド師は魔力付与の権威だ。性格は多少難ありというか変人の部類だが、腕は間違いない。実は詳細は伏せて、新たな魔力付与の能力があるかもしれないという話をしたら非常に乗り気でね」
了承した旨を告げて部屋を辞去する。与えられた部屋に戻るとティアナは少し得意そうな顔をした。
「私が魔法を使えたなんてびっくりです」
「そうだな。俺はこれっぽっちも使えないからな」
ティアナは慌てて手を振って、魔法なんか大したことではないと言いだす。
「と、ところで、キスじゃ赤ちゃんできないんだとすると、どうやったらできるのでしょうか?」
話題転換のための質問だろうが、ティアナのセリフに俺は閉口した。
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