第81話 危険な魔法の品
「いきなり挟撃されるとはついてねえな」
キャリー側の敵は
「ジーナさんに魔法で足止めしてもらっていたからね」
コンバも無難にワーウルフを倒している。ゼークトの指導を受けてから俺の目で見ても分かるほど戦斧の扱いが上達していた。膂力を生かして武器の重さを乗せ振り回す一撃は大抵の守りを打ち砕く。柄で受けたり払ったりする技も磨いていて攻守ともに格段の進歩を遂げていた。
俺はせっせとワーベアの腹を裂く。ワーベアの肝を干したものは薬の材料になるので珍重される。血の滴るそいつを剥いだ毛皮に包んで袋にしまった。やはり第3層ともなると敵も強い分、倒したモンスターから回収できる素材に価値がある。思わぬ収穫に気をよくして、周囲を見回すと床にきらりと光るものが見えた。
俺ははっとして床に膝をつくと光っているものに触れる。白く濁ったその表面はつるりとしていた。すぐ近くには黒い何かの燃えかすもある。俺は立ち上がると様子を伺っていたメンバーに告げた。
「訓練は中止だ。脱出する」
疑問の声をあげる皆を制した。
「説明は歩きながらする。とりあえず移動を開始してくれ。ジーナ節約は無用だ。何かが見えたらアイスブレイクぶっ放せ」
「ハリスさんの指示に従った方がいいと思います」
エイリアは状況を理解したようだ。
第2層への階段がある方向を示し隊列を整えると歩き始める。
「どういうことなの?」
俺は前方への注意を向けたまま口を開こうとするが、代わりにエイリアが答えてくれた。
「先ほどハリスさんが調べていた場所の近くの黒いすすは魔寄せの香木を燃やした跡だと思います。モンスターに魅力的な香りを出すんです」
俺が異議を唱えないのでエイリアは説明を続けた。
「誰かがあそこで私達がモンスターに待ち伏せされるように仕掛けていたのでしょう」
「そんなことをしたら自分も襲われるんじゃない?」
「それを防ぐのが白骨の蝋燭というものです。ハリスさんが床に垂れていたものを調べていたでしょう? その蝋燭が燃えている間はそれを持つ者をスケルトンと思わせることができます。大抵のモンスターにとってスケルトンは魅力がありませんから襲われることはないでしょう」
「一応魔法関係には知識があるつもりだけど、魔寄せの香木はともかく、白骨の蝋燭のことは聞いたことが無いわ」
「そうでしょうね。魔法士の分野というよりは神官の方が詳しいと思います。邪教の神官が作るものですから。高価ですが少しは出回っているよう……」
「くそっバラスだ」
エイリアの説明に割り込み警告する。ただちにジーナが詠唱を始めた。発見したのが早かったのと全身ガチガチに鎧を着こんでいるおかげで、奴が近づいてくる前に巨大な氷の塊が鎧を貫通して砕け散る。鎧とその中身は塵となって消えた。
やはり昔の英雄である軍神バラスを気取る偽物だったようだ。本物だったらゼークトクラスがいないとどうしようもない難敵だ。安堵の溜息と共に背中を冷たい汗が伝う。偽物にしても本来は第4層に巣くう奴なのでそれなりに強い。まあキャリーなら剣に魔力付与すれば勝てるとは思うが、その戦いの時間が惜しかった。
通路は壁にぶつかり左右に伸びる道の右を選ぶ。100歩ほど進むと十字路に差し掛かったのでその手前で停止した。
「いいか。俺が進めと言ったら交差点に入れ。そして右に曲がるんだ。俺が進めと言って5数える間に交差点から出るんだぞ。もしモンスターが居ても逡巡せず突っ込め」
皆に言葉が浸透する間に俺はその辺から小石をいくつか拾い上げる。
「準備はいいな?」
念押ししてから俺は石を一つ交差点に投げ入れる。床に落ちた瞬間に音もなく小石は消えた。後ろの方から何かが近づいてくる音が聞こえてくる。誰かが息を飲む音がした。また石を投げ、音もなく消える。次の小石は床に当たり跳ねた。
「進め!」
俺達は交差点に入ると右手の通路に突進する。幸いなことに暗闇が広がっているだけだった。通路に足を踏み入れて数歩進み振り返る。犬ほどの大きさがある茶色のアリが何体も交差点に進入し目の前でぱっと消えた。
「よし。ここまで来れば一応安心だ」
隊形を整えて進み始めるとコンバが聞いてくる。
「さっきの交差点て、あれが転移床ってやつですか?」
「そうだ。あそこは大体7つ数えるごとに切り替わる。機能が働いているときにあの床に乗ったら飛ばされてしまうんだ」
「どこか決まってるんすか?」
「あの床なら第4層に飛ばされるはずだ」
「どうやって見分けるんすか?」
「何か気づかなかったか?」
コンバは首をひねる。シルヴィアが遠慮がちに口を挟む。
「あの。床が異常にきれいでした」
「なんでも転移させちまうからな。埃も積もらない。それで、転移床は今のところ2本の通路が直交する場所にしか見つかっていない。そして、その4か所の角の天井付近の壁が特殊な石でできている」
「俺も見たら分かるんすか?」
「周囲の状況にもよるだろうな。よく見ていないと分からないがごくわずかに振動している。まあ、余裕があるなら、さっきやったように立ち止まって小石を投げ込んでもいいけどな」
「ハリス!」
ジーナが床を指し示した。蝋の跡が残っている。
「魔力感知をかけたわ。まだかすかに魔力の残滓を感じるの。この蝋が垂れてそれほど時間が経っていないはずよ」
「よし急ごう」
「どうするんですか? 相手が強かったら逆襲されませんか?」
シルヴィアが心配そうに聞く。
「大丈夫さ。蝋の垂れ方からして相手は少数。しかもこんな姑息な手を使うような野郎だ」
「あら。ハリスさん。心当たりでもあるんですか?」
そう言いながらキャリーの顔は笑いを含んでいる。
「まあ、想像ですがね。たぶんキャリーさんが考えてる相手と同じですよ」
しかし、うまくはいかなかった。灰色のローブ姿を一瞬とらえたような気がしたが、横の通路から出てきたモンスターの群れと戦闘になる。被害は出なかったがその時間を取られることになり、敵をせん滅した頃にはその怪しい人物の気配は消えてしまっていた。
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