第82話 秘密の通路

「もう追いかけても間に合わないだろうし、少し訓練をしながら戻るとしよう」

 俺は通路の途中で立ち止まった。右側には扉が一つ。金属製の扉には赤い錆が浮いている。

「ハリス。さっきは慌てていたけれど、そんなことをしている余裕はあるの?」


「まあな。このまま正規ルートを進んでもモンスターが引き寄せられていて連戦になる可能性が高い」

「でも、ここから第2層への階段へのルートはひとつしかないと聞きましたわ」

「ああ。シノーブから聞いたのか。まあ、俺を信用してくれ。さてと、この扉を見て気づくことは? 絶対に触るなよ」


「凄い錆っすね。俺の武器なら壊せるかもしれないっす」

「武器も刃こぼれするぞ。まあやめておいた方がいいな。他には?」

 シルヴィアは扉の石壁や周囲にも目を走らせた。

「扉の上に小さな穴が3つ開いてるようです。そこの下の部分だけ錆が筋になってませんか」

「そこから導き出せる結論は?」


「扉を開けようとするとあの穴から何かが噴き出してくるのでしょうか?」

「正解だ。不用意に開けようとすると金属を溶かし、皮膚を焼く液体が飛び出すしかけになっている」

「それじゃあ、どうすればいいんですか?」


「簡単な話だ。ちょっと離れていてくれ」

 俺は皆が下がったのを確認すると扉をぱっと開けて飛び退る。穴から液体が飛び出し俺が立っていた石の床を濡らした。

「このタイプは解除するより仕掛けを作動させた方が楽だ。気を付けて素早く動けば問題ないからな」


 俺は皆に中に入るように指示する。中はそれほど広くない。6人も入ると圧迫感がある。

「ちょっとごめんよ」

 俺は脇をすり抜けて奥の壁にとりつく。


 壁には手のひらほどの正方形のパネルが縦3列横3列並んでいる。そのパネルを4つ押した。低い地鳴りがしてすぐ横の壁がずれ通路が現れる。

「置いてきぼりになりたくなければすぐついてきてくれ」

 通路は人ひとりがやっと通れるほどの細いものだ。空気がよどんでいる。


「ちょっとハリス。途中でモンスターに遭遇したらどうするのよ?」

「まあ、ありえんな。ここに入って来るにはどちらから来るにしても複雑な仕掛けを解除する必要がある。そもそも、ほとんど人が来ない場所なんだ。モンスターにしてもこの場所にわざわざ侵入するメリットが無い」


「さっきの通路の開け方は教えてもらえないんですか?」

「悪いがそれはまだ秘密ってことで」

 途中2度ほど曲がって突き当りまで10歩ほどのところで立ち止まる。

「ちょっとこの場で待っていてくれ」


 俺は突き当りまでいくと慎重に歩数を数えながら左の壁に意識を集中する。壁には肩の高さに等間隔に穴が開いていた。7歩数えたところでバックパックから道具を取り出す。直角に折れ曲がり切断面がきれいなハチの巣穴と同じ形になっている金属の棒を取り出す。短い方の棒を穴に入れて長い方を左回しにぐるぐると回した。


 反対側の壁の一部が横にずれていく。一番大柄なコンバが通れそうなほど開いたところで回すのを止めて皆に通るように言った。俺一人になったところで金属棒を引き抜く。同時に壁の一部がゆっくりと戻り始めるのでさっと通り抜けた。見ているうちに壁はぴたりとはまりどこが開いていたのか分からなくなる。


「ええと。あれって第2層への階段っすよね?」

「そうだ」

「こんなところに隠し通路の入口があるなんて」

「さあ、上がるぞ」


 第2層になればもうほぼ脅威はない。第1層への階段までの通路には通行の障害になるような罠は無かった。

「ハリスさん。さっきの通路のことを知ってるのってどれくらいいるのですか?」

「ほとんどいないはずだな」


「そんな秘密を教えちゃって良かったのかしら?」

「秘密というほどのもんじゃない。あの通路が通れたとしてもメリットはモンスターとの遭遇が減るだけだ。それに全部のタネあかしはしてないしな。こっち側からの入り方も分からないだろ」


 モンスターとも遭遇することなく、三叉路に出る。正面の壁には窪みがあり、これ見よがしな宝箱が置いてあった。ちらりとジーナを見ると難しい顔をしている。

「行きがけの駄賃だ。開けてみるか」

 俺はちゃちゃっと開錠して箱を開ける。中のものを見て笑いが漏れた。


 緑色の液体の入ったフラスコが1つと銀貨が2枚。フラスコを取り出してジーナに示す。

「あまり懐かしくもないわね」

「そうだな。でも売れば金にはなる」


 右の通路を進んで第1層に向かう。階段を登ったところでゴブリンの一隊と遭遇したが回れ右をして逃げて行った。外に出て小休止をする。結局俺達をはめようとした奴の姿は見かけないままだった。シルヴィアが近寄って来て頭を下げる。

「ご指導ありがとうございました」


「いや、結局たいしたことは教えられなかっただろ」

「そんなことはないです。少なくともリーダーのスカウトとしての技量は良く分かりましたから。お姉さまの言った通りハリスさんを頼って正解だったと思います」

「お姉さま?」

 ちょっと語尾が上ずった。


「はい。キャリーさんです。剣も強いし、面倒見もいい素敵な方ですよね」

「ああ。まあそうだな」

 ティアナもジーナのことを姉と呼んでいるが、シルヴィアが言うとちょっと違うニュアンスのような気もする。


 キャリーの方を見るとシルヴィアの熱い視線に気づいているのかいないのか、剣を抜いて刃を改めていた。

「リーダー。なんかあまりそうは思ってなさそうな声ですけど」

「すまん。ちょっと考え事をな」


 俺は背負い袋をコンバに預ける。

「悪いが持って帰って来てくれないか。俺は一足先に町に戻る」

「どうしたんすか兄貴? 俺も一緒にいくっすよ」

「お前は早く走れないだろ。他の皆を頼む」


「ハリスさん。私達を罠にかけた者を追いかけるのですね?」

「そうだ。軽装の俺なら走れば追いつけるだろう。町まで気を抜かないようにしてくれよ。流民もまだうろちょろしてるかもしれない」

「分かったわ。ハリスも気を付けて」


 俺は町に向けて走り出す。日が落ちる前には町にたどり着けるはずだ。足音がするので振り返ったらキャリーがついてきている。

「私なら鎧も着ていないし、あなたについて行けるわ。ふざけた奴の顔も拝みたいしね」

 そういってキャリーは片目をつぶった。

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