第80話 第3層へ

 俺はダンジョンに入る準備をしているメンバーを見ながら、先日の夕食時のことを思い出していた。シルヴィアはデニスにしつこく言い寄られている。筋力もない女が後衛で弓手をしていてもパーティのお荷物のままだ。せめて特殊技能を身につけた方がいいと言われたらしい。


 その内容自体は御説ごもっともという感じだが、それに続く言葉が頂けない。スカウトの素質があるようだから俺が特別指導をしてやろう。費用は後払いでいい。親切なように聞こえるが狙いは明らかだ。そしてとっさにシルヴィアから出たセリフがスカウトの技術も俺に習うことになっているとの言い訳だった。


 それが嘘だと分かったら話に聞くデニスの性格上トラブルの元になるのは間違いない。かといって俺に事情を話しても味方になってくれるか自信がなく、悶々としているところに声をかけたのがキャリー。事情を聞いて一肌脱いで食事会となったというわけだ。もちろん引き受けてくれますよね、と言った目が笑っていなかった。


 今日はキャリー、コンバ、俺で前衛、ジーナ、シルヴィア、エイリアが後衛となっている。王都の神殿付きのはずのエイリアがなぜここにいるのかというと、本人たっての希望でノルンなんていう田舎の神殿へ異動を願い出て許されたからだ。もともと地方の神殿で組織運営を学ぶことにはなっていたそうだが、こんな町に来たせいでいきなりナンバー2になってしまっている。


 挨拶にやってきたのでそんな立場の人が冒険に出ていいのかと聞いたら、莞爾と笑みを浮かべて大丈夫ですと言っていた。俺としてもエイリアがいれば安心感はぐっと高まる。第3層ぐらいなら問題なく探索できるようになるはずだ。せっかくの厚意をむげにするわけにもいかない。


 もっともエイリアが参加を表明したことで、一人あぶれることになるはずだったが、フォルクに声をかけたら遠慮された。どうも俺の慎重すぎる姿勢が肌に合わなくなったらしく、最近は他のパーティに混ぜて貰っているらしい。別パーティのダンジョン探索から戻ったばかりで疲れていたが、今回は第3層に行くと言ったら悔しがっていた。


 準備を終え階段を降りると右に行くように指示を出す。

「あれ? 今日は第3層に行くんじゃないんすか? 第2層への階段は左のはずっすよね?」

「いや、こっちでいい」

 しばらく進んで落とし穴のところの手前で立ち止まった。


「ジーナ頼む」

「もうちょっとみんな固まって。あまり広範囲にすると魔力の無駄遣いになるから」

 言われるままに皆でひと固まりになる。男ばかりのパーティだと汗くさい地獄が出現するがこのパーティなら大歓迎だ。ジーナが杖を頭上にかざし詠唱を始める。


「さあ。もういいわ。落下速度を軽減する魔法をかけたから。持続時間はあまりないわよ」

「ということで、この落とし穴を使ってショートカットする」

「なるほどっす」


 キャリーとコンバが足を踏み出すと床ががたんと抜ける。2人がゆっくりと降りていくのを見てからシルヴィアの腕を取った。

「途中壁が斜めになっている場所があるが俺のやるように真似るといい」

 促して暗い穴に跳躍する。


 じりじりと落ちていくのは不思議な感覚だ。人の背丈の2倍ほど降りたところで上に叫ぶ。

「降りて来ていいぞ」

 すぐに足に石壁が触れる。体のバランスをとって直立するように膝を曲げた。


 うまくバランスが取れないシルヴィアの体を引き寄せて体を支えてやる。斜めになっている部分が終わったのでその端を軽く蹴った。ゆらゆらと降下していき無事に着地する。第3層のここは天井高も通路の幅も第1層よりもゆったりしていた。通路の両側をコンバとキャリーがそれぞれ警戒している。おそらくキャリーの指示だ。こういう飲み込みは早い。


「まだ上からくる。ぶつからないようにシルヴィアはキャリーと一緒に」

 シルヴィアを押しやって俺はコンバ側に寄る。ジーナとエイリアが優雅に床に着地した。ジーナに親指を上げて合図を送ると向こうも同じしぐさをする。さてと、どちらへ進もうか。


「前方から何か来る!」

 声を抑えていたものの緊迫した警告がキャリーから発せられた。俺がキャリー側へ向かおうとする視線の先に何かの足が見える。まずいな。挟み撃ちだ。

「こちらも遭遇。それぞれ迎撃する。後衛はキャリーさんのフォローを」


 押し包まれないようにコンバと前に出る。毛むくじゃらの体のワーウルフだった。数は3体。せめて2体だったらなんとかなったが……。向こうが多いとはきついな。キャリーは大丈夫だろうか。コンバがずいっと斜め前に出た。俺も距離が開くように動く。コンバの武器は周囲が開けていた方が効果的だ。


 後ろの方からキャリーの気合の声が聞こえる。俺はショートソードが届く範囲ぎりぎりを円を描くように横に払った。挑発に乗って2体が俺に向かってくる。あとはコンバが自分の仕事をしてくれるのを祈るだけだ。俺は前に出ると屈みこんで相手の脛を払う。まさか俺が攻勢に出るとは思っていなかったのだろう。さっと血が飛び散った。反撃をかわして後ろに跳ぶ。


 もう1体が突っ込んできて鋭い爪が生えた両手を突き出してくる。避けたつもりだったが、跳んだ直後で上手く動けない。頬に痛みが走り、腹に衝撃がきた。ワーウルフは爪についた俺の血をぺろりとなめる。頬からは熱いものが流れ出て顎から喉へと伝っている。


 俺はあらためて2体を観察した。1体は目に嗜虐性の光を帯び興奮している。俺に切られたワーウルフは怒りの叫び声をあげるが動きは鈍っていた。シュっという音と共に元気な方の喉に矢が突き立つ。俺は動きが鈍っている方に近づいた。攻撃してくるが踏み込みが甘い。横にかわして頸動脈を切り裂いた。


 喉に矢が刺さったワーウルフは後ろからコンバの刃が振り下ろされて絶命する。すでに1体は屠ったらしい。やるじゃないか。こちらが片付いたのを確認してキャリーの援護に回ろうとする俺の前にエイリアが立ちふさがった。俺の頬に手を伸ばすと詠唱を始める。


 エイリアの頭越しに向こうを見るとキャリーが周囲を警戒しながらも俺に小さく手を振っていた。あちらも無事片付いたか。頬の痛みと熱が消える心地よさに身を委ねる。エイリアの神々しい美しさを間近にしながら、脳の片隅では何かの違和感を覚えていた。

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