第71話 誘惑

 鉱夫達を引き連れてレッケンバーグまで戻った。その中の一人が気安く話しかけてくる。農閑期で出稼ぎに出てきたが危うく殺されるところを助けてもらい感謝していた。家には乳飲み子を含めて子供がたくさんいるらしい。

「へへ。旦那はハリスとおっしゃるんで。旦那は俺と女房、子供の6人分の命を救ったわけですね。きっといいことがあるはずですよ」


 これだけの多くの食い詰め者を町に入れる訳にはいかない。部下を監視に残しゼークトは今後の相談をするといって伯爵のところに出かけ、俺達は宿に入った。エイリアはかなり治癒魔法を使って疲労していたのかすぐに部屋に消える。俺もそれなりに神経を使って疲れていたが、ティアナのことが気になったので、ステラの店に向かおうとした。


「俺もついていくっすか?」

 コンバが聞いてきたが、ジーナが引き留める。

「無事に任務完了したんだし、まだ昼過ぎだけど祝杯をあげましょう」

 コンバは俺とジーナの顔を見比べる。


「ああ。町中だし、ちょっとティアナを引き取って来るだけだ。危険はないだろうし寛いでいてくれ」

「すんません兄貴。じゃあ、そうさせてもらいます」

 コンバと一緒に隅のテーブルに向かうジーナが俺に片目をつぶった。ジーナの奴、気を遣ったつもりらしい。まあその気持ちはありがたく受け取っておくか。


 ステラの店につくと昼の営業が終わった後で表の入口が閉まっていた。脇道に入り勝手口をノックしてドアを開ける。

「ちょっと、あんた。ここは店の入口じゃないんだ」

 椅子に座って寛ぐ従業員らしい数人に睨まれた。


「ああ。休憩中にすまないな。ステラさんはいるかい?」

「おかみさんはちょっと出てるよ。何の用だ?」

 事情を知らない相手に説明して分かるかな、と逡巡していると明るい声が響く。

「ああ。ハリスさんじゃない。こんちは。あ。ティアナちゃん引き取りに来たんだね」


 アリスがくすんだ金髪を振りながらやって来た。

「ああ。この人のことは私が引き受けるから」

 見かけと言動によらず店内では実は偉いようだ。アリスは俺の方に向くとニコリと笑いかける。

「ずいぶんと疲れた顔をしてるね。仕事は大変だった?」


「まあな。それでティアナはどうしたんだ?」

「ちょっと疲れちゃったみたいなんで部屋で休ませてるところ。それじゃあ案内するね。ついてきて」

 俺は厨房を抜けて、通路に向かった。


 アリスは階段を上がっていく。形のいいお尻が左右に揺れるのがどうしても目に入ってきてしまう。さらにもう1階上がった。廊下を少し行ったところでアリスは振り返る。

「ねえ。ハリス。さっき私のお尻見てたでしょ?」


 ここで顔を赤らめるほど初心じゃないし若くもない。肩をすくめて頭を軽く下げた。

「そんなつもりは無かったが目に入ってしまったかもしれない。気を悪くしたなら謝るよ」

 顔を上げながら気が付いたが、いきなり呼び捨てか。随分と気安いんだな。


「別に謝らなくてもいいわ。減るもんじゃないし」

 アリスは屈託がない。廊下の左右に視線を走らせるとグイと俺の方に身を乗り出してきた。

「それでどう?」


「どうって?」

「お気に召したかしら? 自分で言うのもなんだけど、結構いい形してると思うのよね」

 アリスは俺にしなだれかかり廊下の壁に押し付ける。


 皮鎧のせいで感触は分からなかったが割と大きめの乳房が俺に押し付けられ形を変えているのが見えた。アリスは潤んだ目で俺を見上げると両手を俺の首の後ろに回す。

「物凄く若い子が好みみたいだけど、たまには大人の女性もいいんじゃない? いくら優しくしてあげるのだとしても、あれぐらいの子に毎晩相手させちゃ可哀そうよ」


「はあ?」

「私だったら色んなことしてあげられちゃうし。少女しか興味ないってわけじゃないんでしょ?」

 アリスは伸びあがり俺の耳に息を吹き付ける。俺は両手でアリスを押しのけようとするが手のやり場に困った。


「ちょっと待て。誰が毎晩何をしてるって?」

「隠さなくたっていいじゃない。ティアナちゃんから聞いたんだから。ご主人様とは毎晩一緒に寝てるって」

 俺は天井を見上げる。


「それ、絶対意味が違うから」

「何が違うのよ。男女がベッドの上で一緒に寝てすることといったら決まってるでしょ。それでさ。一月のお手当なんだけど金貨1枚ってところでどう? もちろん衣食住の面倒は別ね」


 俺を見上げていたアリスは表情を変える。

「やっぱ、無料で抱ける相手がいると高く感じちゃうかあ。精一杯サービスするからさ」

「な、何で俺なんだよ。この間はゼークトに色目使ってたじゃねえか」

 やっとのことでこれだけを言う。ペースを握られっぱなしだった。


「んー。カレって愛人持つタイプじゃなさそうじゃん。私も正妻とか無理だからさ。お手当貰って、気楽に過ごしたいわけ。その点ハリスはさ、寛容そうじゃない。毎晩相手が必要なほど元気なんだし。聞いたら単なる一介の冒険者じゃなくてそこそこの立場らしいから、手を挙げてみたってわけ」


 アリスは俺の手を取って自分の腰に持っていく。

「いきなり言われても判断できない? それじゃあ特別サービスするからさ。ちょっと私の部屋で試してく? 私もこの店に入って長いんだけど、事情があって外出れなかったから、その間ずっと日照りでさ」


 俺はなんとかアリスの腰から手を放そうとした。

「ちょっと外に出たら誘拐されそうになったこともあるんだよね。あの婆さんがウォーハンマー振り回して、その5人をあっと言う間にのしちゃったんだけど。あ、そんなことより、私の部屋行こうよ。ぜったい満足させるわ。ていうか、一度やったらハマるから。ね。うん。そうしよう」


「あのなあ」

「あ、ちょっと引いてる? 女慣れしてる感じだったけど意外ね。私も誰とでもこんなことするわけじゃないから。実際、片手で足りるし、浮気もしたこと無いわよ。何その顔。傷ついちゃうな。まあいいや。ハリスって指きれいだし器用なんでしょ。ぞくぞくしちゃう」


 アリスは俺の体にぎゅっと抱きついてきた。その途端に一番近くの扉が開く。そして、アリスの体を押しやる暇もなく、その扉からティアナが顔を出した。

「あ。ご主人様。戻ってらした……アリスさんと何しているんですか?」

 ティアナは小首をかしげて俺達のことを見ている。


 俺は言葉を探すがいいセリフを思いつかなかった。アリスはゆっくりと俺から体を離すとティアナの方に向く。

「ああ。ティアナちゃん。あなたの部屋に案内しているところだったんだけど、ここで急にね」

 アリスは力なく下を向く。おい。やめろよ。変なこと言うつもりじゃねえよな?

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