第70話 スカウトの本領

 得々としてジーナにノミを突きつけていた男の手の腱を俺のナイフで切断した。コトンとノミが地面に落ちる。ナイフはそのまま胸に擬せられていた。愚かな男は目を見開いたまま反応できずにいる。そんな馬鹿なという表情をしていた。

「こんな見え透いた芝居に騙されるわけねえだろ」


 既に中を探っている俺に案内させなかった時点でゼークトもこいつらを信用していない。まあ、20対5なら盗掘者側が優勢だという判断はあながち間違いじゃなかった。しかもゼークト以外は女性とガキと冴えないおっさんだ。ただ、そのおっさんが背後をぴたりと監視していることに気づかずに行動を起こした時点で運命は決まっていた。


「へへ。それでも奇襲できねえんだ。4倍もいる相手に勝てるつもりなのか」

 男は手首をもう片方の手で押さえている。

「よくそれだけの威勢を保ってられるな。仮にそうだとしてもお前の命は風前の灯だってことを分かってないのか? それに……」


 俺は扉の方にあごをしゃくって見せる。男がそちらを見てうろたえた。もう一人の男がその場で凍り付いたように立ち尽くしている。

「せっかく忠誠心を見せつけようとしても、その相手がいないんじゃどうしようもないよなあ」


 俺は手を押さえている男をコンバに預けると扉のところまで行く。茫然とする男の横から中をのぞくと男たちが折り重なるようにして倒れていた。テーブルの上には料理が並んでいる。

「ど、どういうことだ?」

 戸口のところにいる男は泣きそうな顔をしていた。


 俺は男を押しのけて中に入りテーブルに近づくと酒杯を見下ろした。

「いやあ。あの眠り草はすげえよな。なかなか手に入らないだけのことはある。乾燥させて砕いた粉末を入れただけでこの有様だ。しかも無味無臭だから始末におえねえ。ちょうど食事時とはツイてたな」


 俺は男にニッと笑いかける。

「あんたもどうだい? いい夢が見れるぜ。俺も心が広い人間だが、恩を仇で返そうという野郎にまで親切にしようってほどじゃねえんだよな」

 男はくるりと振り返り駆け出そうとして、ゼークトと相対し立ちすくむ。


 がばと地面に伏せると涙声で詫びを言い始めた。

「すまん。本当に出来心だったんだ。ついつい魔が差しちまったんだよう。頼む。許してくれ」

 ゼークトは男を無視して中をのぞく。


「この薬はどれくらい効き目がもつんだ?」

「さあな。飲んだ量にもよるだろうし、なんともいえんな。酒と一緒だから効きはいいはずだ。まだしばらくは大丈夫だと思う」

「とりあえず、さっさと武装解除して縛っておくか」


 俺とゼークト、コンバが中に入って男たちを拘束していく。半分ほど処置をした時だった。ぱあんと良い音が響き渡る。外の通路に出てみると先ほど土下座していた男が地面にうつ伏せに押し付けられており、エイリアが男の片腕を背中側にねじりあげていた。その顔には悲しみの表情が浮かんでいる。


 男の頬は真っ赤になっていた。相当強い平手打ちを食らったようだ。俺はしゃがみ込んで男の顔をのぞきこむ。

「なあ。せっかくチャンスを与えたのに、どうしてそれを無為にするのかねえ。お前達のところに女性だけを残したのは、それで問題ないと判断したと考えなかったわけ?」


 俺はやれやれと首を振る。

「まあ、目の前の相手の実力も測れないんだから無理はねえか」

 俺はエイリアの方に向き直る。

「代わるぜ。こんな無節操な奴の腕には触ってたくないだろう」


 男を後ろ手に縛りあげる。ついでにもう一人も同様にし、一緒に部屋の中に蹴りこんだ。

「そうだ。すっかり忘れてた。瀕死の虜囚がいるんだった」

 エイリアを急かして元来た道を引き返し、最初の分かれ道をもう一方の通路に進む。


 鉄格子のはまった監禁個所の鍵を開けエイリアを中に案内した。ロバートは息絶え絶えだったがまだあの世には旅立っていない。エイリアはすぐに呪文を唱え始める。狭い場所に俺がいても邪魔なので外に出て待つ。人の気配がしたので身構えるとやってきたのは同じ意匠の皮鎧を身につけた数人の戦士だった。


「ハリス殿ですか?」

「ん? お前たちは?」

「ゼークト様はどちらです?」

「ああ。あいつの仲間か。ゼークトなら少し戻った分かれ道のもう一方を行った先にいるぜ」


「ハリス殿はこちらで何を?」

「ああ。ロバートって分かるか? そいつが監禁されて弱っていたんで神官に治療して貰ってる」

 ちょうどそのタイミングで中からエイリアに肩を貸してもらったロバートが顔を出す。


 さっきまでは半分死にかけていたのに頬が緩んでいた。いや、いくら美人に抱えて貰って嬉しいのだとしてもそのその表情は無いんじゃねえか。そうは思ったが、自分があの立場なら謹厳実直な顔をしていられる自信もない。男たちが駆け寄ってエイリアと代わった。


 引き返していく男たちの後ろからエイリアと連れだって歩いていく。エイリアはため息をついた。

「どうしたんです?」

「いえ。人の誠意を信じたいのですがなかなかそうもいかないのですね……」


「ああ。さっき取り押さえた男のことか?」

「はい」

「俺の判断ミスだった。驚かせてしまって申し訳ない」

 まあ、ああいう行動に出るかもという予測はしていたわけだが。


「いいえ。ハリスさんは悪くないです。私も油断はしてませんでしたから。ただ、あのように信頼を裏切られると心が痛いものですね。世の中、ハリスさんのような方ばかりでしたらいいのですけれど」

 にっこりとほほ笑むエイリアに俺は謙遜してみせる。


 ゼークトたちと合流して廃坑の外に出た。エイリアは体調の悪い鉱夫の面倒を見るために離れていく。

「いやあ。ハリス。お前のお陰で連中を一網打尽だ。しかも生かしたまま捕らえることができて大助かりだぞ。これで背後関係を洗える」


「そいつは良かった」

 ゼークトも部下に指示を出すために離れていく。これから荷を引き取りにやって来る奴らも捕らえる手配をするらしい。俺はうなだれている一団の中から目当ての男を探すと懐から銀貨を1枚回収した。

「悪いが返して貰うぜ。これから色々と物入りなんでな」


 仲間のところに引き返す。

「なんか俺ほとんど何もしてないんすけど」

「私もそれは同じね。それにしても忍び込んで睡眠薬を盛って全員眠らせちゃうなんてえげつなさすぎ。つくづく、あんたが敵じゃなくて良かったと思うわ」

 ジーナの表情は賞賛と呆れが微妙な割合でミックスされたものだった。

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