第69話 侵入

 俺は無事に中を探り終える。以前に別の坑道に入ったことがあり似たような構造だったので、ひと手間かけたがそれほど時間はかからなかった。坑道の入口の扉まで戻ってきて隙間から外をうかがう。少し離れたところに立っているのは先ほどの歩哨とは別の2人だ。俺はするりと抜けると無造作に近づいていく。


 坑道側を警戒していないのが命取りだった。俺は背後から近づくと取り出した細い筒を口に当てる。吹き矢が狙い通りに1人の首に刺さった。そいつが地面に倒れるよりも早く、足音をたてないようにして駆け寄った俺がもう1人の口も塞ぎつつ首を締め上げる。


 身をよじって大暴れをしていたが、素早く駆け寄ってきたゼークトがみぞおちに拳を入れると大人しくなった。吹き矢を回収する。もっとも先端の痺れ薬を補充するまではただの針でしかない。ゼークトと2人がかりで意識のない歩哨たちの手足を木に縛りつけ、声を上げられないようにする。その間にエイリアたちが近寄ってきていた。


 何も言わないが、エイリアとジーナは俺の体を探るように見ている。他にどんな隠し武器をもっているのかと考えているのだろう。俺はそれに気づかぬふりをしてゼークトに小さな焦げ茶色の石の塊を差し出す。

「ほら見ろよ。この縞模様がゼオナイトの特徴だ。お前の手下のロバートは監禁されていた。一両日中に荷を引き取りに来る手はずらしい。そうしたら……」


 俺は右手を自分の喉に当てて横に引く。

「臨時雇いの鉱夫たちとまとめて始末されるそうだ。おっと、早くした方がいいな。ロバートが首を長くして待ってる」

 俺はショートソードを受け取り腰に帯びる。


 ゼークトが首から下げたネックレスの先についた笛をゆっくりと吹く。ホーホーというフクロウの鳴き声が響き、闇の彼方から同じような声が返ってきた。ゼークトの配下が位置についたということらしい。これで外に逃れる者の心配はせずに廃坑の掃除ができるというわけだ。


 俺たちはまず坑道に入口から比較的近い位置にある大部屋に向かう。採掘をしていないときの鉱夫を軟禁してある部屋だ。施錠してあったが、こんな錠は俺にかかればおもちゃのようなもの。難なく開錠して金属製の扉を開ける。中からは獣のようなすえた匂いがあふれ出した。


 そこそこの広さの部屋の床には薄汚い恰好をしている男たちが20人ほど横たわっていた。何日も湯あみしていない体からは異臭がする。ジーナが杖の先の明かりの光度を上げると面倒くさそうに体を起こした。

「ついさっき休んだばっかりなんだ。もう体がもたねえよ」


 明かりに目が慣れるとごくりと喉を鳴らす音が響く。

「女だ……」

 まあ気持ちは分からんでもない。男ばかりの空間に閉じ込められているところに妙齢の女性を見れば反応するのが悲しい性というもの。


 エイリアとジーナに殺到しようとして、屈強な戦士もいることに気づいて男たちは動きを止める。

「やあ。王家所有の鉱山で違法な採掘に従事している諸君」

 場違いに朗らかなゼークトの声。


「報酬につられてやって来てみれば、質素な食事でさんざん酷使され体はぼろぼろ。その挙句に、もうすぐ用済みとなって口封じされるとも知らない諸君を我々は助けに来た」

 あっけに取られていた連中だったが一人が声を上げる。

「誰だおめえ」


「私は陛下にお仕えする騎士だ。まあ。そんなことはどうでもいい。命が助かりたかったら、早くここから出て行くことだ。お前たちを連れてきた連中は荷物を運び出すと同時に諸君らを皆殺しにするつもりなんだぞ。指示に従えば2・3日の食事と屋根のある場所は保証しよう。命あっての物種だ。良く考えろ」


 いきなりやってきた俺達の言葉を信じるかを危惧していたが、自分たちへの態度から薄々感づいていたらしい。ぞろぞろとほとんどの男たちが出て行った。残ったのは目をギラギラさせた男が2人ほど。

「なぜ出て行かない?」


「俺達にも手伝わせてくれ。あいつらには恨みがある」

 一番近くにいた男は後ろを向くとボロをかきあげた。背中に酷いみみず腫れの跡が残っている。

「金も受け取っちゃいないんじゃ割にあわねえ。それに騎士様の手伝いをしたとなりゃ、酒代ぐらいはめぐんで貰えるじゃありませんかい?」


「そういうことなら手助けして貰おうか。ところで、集められた鉱夫はこれだけなのか?」

「下で作業中なのが10人ほどいまさ」

「ふむ。それでは悪党と間違えないように気をつけなければならないな」


 男たちは笑いだす。

「心配はいらねえです。みんな俺達みたいに小汚い格好をしてまさ。奴らは身ぎれいな格好してますし武器も持ってますぜ」

「そうか。奴らが何人でどこにいるか分かるか?」

「20人ぐらいですかね。奴らのたまり場はこっちです」


 男たちを先頭に部屋を出て下に向かう坑道を降りていく。うまく風の通り道ができているのか坑道の中の空気は意外と快適だった。最後尾を行く俺が持つ松明の火も揺れている。ただあまり天井は高くなく、ところどころに斜めに天井を支えている柱が出ており、それをよけながら進んでいく必要があった。


 道が二股に分かれているところで男たちは左に曲がる。その瞬間、俺は何かにつまづいて小さな声を上げる。

「おっと」

 一斉にみんなが振り返った。


 俺は頭をかきながら謝る。

「どうもちょっと足をくじいたみたいだ。コンバすまねえが松明持つの代わってくれねえか」

「いいっすよ」


 コンバと位置を交代した。いつものように滑らかな足運びにはならないが、歩くのには支障がない。しばらく進むと視界が広がり、天井が高い通路に出る。結構な幅があり3人ぐらいは横になって歩ける広さだった。しばらく進むと右に曲がる通路があった。


 2人一緒に歩いていた鉱夫のうちの1人が足を速める。

「こっちでさ」

 左に急角度で曲がっている場所でそいつはパッと走り出す。角を曲がった先には木の扉があった。


 男はその扉に飛びつくと引き開けて叫ぶ。

「ダンナ。侵入者です。案内するふりをしておびき寄せましたぜ。少しは褒美を貰えますかい?」

 男に反応して皆が態勢を整えようとする。


「動くな」

 道案内をしていた鉱夫のうちのもう一人がジーナの喉元にどこから取り出したのかノミを突きつけていた。

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