第68話 廃坑前にて
「ゼークトさん。確か廃坑という話でしたよね?」
「昔は銀の採鉱をしていたが、今は取りつくしているはずですな」
「じゃあ、なんで入口に歩哨がいるんすか? あんまガラの良くなさそうな奴らがいるんすけど」
「こうやって、物陰から観察している時点で何かあるだろうとは思ってましたが」
藪の後ろに身を隠した俺達の視線がゼークトに集中する。そのゼークトはにこやかに俺に笑いかけた。
「ハリス。お前はどう思う?」
今度は皆が俺を見る。
やっぱりそういうことか。ゼークトの奴、全部分かっていて謎かけしてきてやがるな。
「新たに鉱床が発見されたか、他に何かがあるんだろ」
「まあ、普通は専門家が取りつくしたと判断したところに銀は残ってはないものだよな」
俺はゼークトとのやり取りが面倒になった。
「なあ、ゼークト。お前はもう全部分かってんだろ。取りこぼしのしょぼい銀の採掘で出張るほどお前は暇か? あそこにいる連中も銀が無いことは百も承知だろ。そのくせ見張りなんぞを立てているんだ。まともな奴らじゃない」
ゼークトは先を促す。仕方なく決定的なセリフを言った。
「あそこにはゼオナイトがあるかもしれない。だろ?」
「兄貴。ゼオナイトってなんすか? すげー価値があるとか?」
「私も知らないです。ハリスさん。それは?」
ジーナも首を横に振る。
「ゼオナイトは別にそれ自体にはたいした価値はない。やや珍しくはあるけどな。やたら重くて、そこそこの硬さはあるが衝撃に対して脆いんだよ。だから、武器や防具の材料にもならない。なので普通は無用の長物さ」
「だが、あるものを作るのには必要と言うわけだな」
ゼークトが俺に先を促す。なんだよ、そこまで俺に言わせるつもりか。
「そうさ。偽金貨を作る際に中身にするんだ。金というのは他の金属に比べて重いから、それ以外のものにメッキするんじゃ、どうしても軽くなってしまう。その点、ゼオナイトは金より重いからな、中空にしてメッキすれば全く同じ重さにできるのさ」
「なるほど。さすが兄貴物知りっすね」
コンバは手放しで感心している。ジーナとエイリアは考え込んでいた。こんなことを知っているのは物知りというより、そういうことに手を染めたことがあると考える方が自然というものだ。
「いや。本当にこいつは頭もいいし、色んなことを知ってるんだ。スカウトやめても学者で食っていけるんじゃないかと思うね」
ゼークトが本気とも冗談とも言えないことを言う。
「まあ、種を明かせば、以前にギルド長の依頼で調査したことがあるから知っているんだろ?」
俺が返事をするより早く、エイリアが反応した。
「やはりそうでしたか。それで前に偽金貨の話をしたときに情報をお持ちだったんですね。ベテランの冒険者ならではですわ」
俺は肩をすくめた。相変わらずのボケっぷりだが有難い。
「それじゃ、他の方はここで待っていて欲しい。ハリスにちょっと探ってきてもらうから」
ゼークトは俺の肩を抱くようにして離れたところに連れて行く。
「ったく。どういうつもりだよ」
「まあ、偽金貨づくりの片棒を担いだことへのお仕置きだな。やむにやまれぬ事情があったんだろうから、これ以上責めるつもりは無いがな」
サマードがしゃべったというところか。
「へいへい。それで、俺をからかうためにわざわざこんなところまで引っ張り出したとか言うんじゃないだろうな」
「そんな訳はないさ。あの廃坑の様子は警戒が厳しくて探れない。そもそも何で厳重に施錠してある扉が開いてるのかが疑問なんだがな」
「ここを開けたのは俺じゃないぞ」
「ああ。ここはな」
ゼークトの笑顔が怖い。
「食い詰め者を集めてるようだが、本当にゼオナイトを採っているのか不明だ。そこで、腕のいいスカウトの出番と言うわけさ」
「なぜ俺なんだ? 他にスカウトがいないわけじゃないだろ」
ゼークトは曖昧な表情を浮かべる。
「あんまり問い詰められても困るんだがな。そうだな。陛下は偽金貨の流通に関して非常に心を痛めておられる。だから、その関連の功績については特別な思し召しを頂ける公算が高いんだ。あとは……分かるな?」
なるほどね。本来は禁じられている元奴隷との結婚の特別許可が出るかもしれないということか。
「ずいぶんと俺のことを気にかけてくれてるじゃないか。聖騎士様にそこまで気を回していただけて感謝感激だぜ」
「ということだ。張り切って頼むぞ」
「確認してもいいか? 俺の仕事は中に入って、ゼオナイトの有無を探ってくる。連中の狙いが銀の残りをかすめ取ろうというせこい真似じゃないことが確認できれば任務完了でいいな?」
「それと、張り付けておいた見張りの姿が見えないので探してくれ。ロバートという男だ。一見とろい農夫にしか見えない風貌をしている」
ゼークトにショートソードを預けた。無腰になるのは少々心細いが、見とがめられても面倒だ。剣を持たずくたびれた革の鎧姿なら食い詰め者としてもおかしくはない。新入りの鉱夫だと誤魔化せる。いざというときには、肩当てのところに忍ばせてあるナイフがあった。
俺は遠回りをして、坑道の入口に近づいていく。見張りと言っても真剣にやっているわけじゃない。冬場の屋外での立ち番なので不平たらたらだった。2人で話をしながら足踏みをしたり、一定の範囲をうろうろしたりしてる。耳を澄ますと、風で落ち葉がカサカサと鳴る音に紛れて、当分交代がやってこないことを嘆いているのが聞こえた。
銀貨を1枚取り出し、その辺りの土にこすりつける。月が雲で隠れた瞬間に俺はその銀貨を落ち葉が積もったところに投げた。カサリと音がしてうまく狙ったところに着地したのを感じる。あとは歩哨の一人がそいつを見つけるのを待つだけだった。歩き回っていた一人が銀貨を見つけて声を上げる。拾い上げて月明かりにかざした。
「お、ラッキー。銀貨を見つけたぜ」
「なんだよ。運のいい奴だな。どこで見つけたんだ」
もう一人が近寄っていく。2人とも足先で枯れ葉をかき回して他にも落ちていないか探し始めた。
その隙に俺はさっと坑道の入口に近寄る。中に入らないように塞いである金属製の扉はごく僅かであったが開いていた。その隙間から中に身を躍らせる。
「なんだよ。ちきしょー。もう1枚ぐらいあってもいいだろうに。ちぇ。1杯ぐらい奢れよ」
馬鹿声を背中にしながら俺は奥へと進んでいった。
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