第62話 最適な選択

 コンバの腕の切り口から大量に出血していた。俺の剣はコンバの体を狙ったホースヘッドの長剣をからくも払う。コンバは茫然自失として動かない。無我夢中で俺はショートソードをふるうが、相手の長剣にすべて防がれる。フェイントを仕掛けても全く反応しないばかりか、その隙をついて逆に攻勢に転じられてしまった。


 鋭い気合の声が響き、俺に向かってきていたホースヘッドの上半身が揺らぐ。この声はエイリアか? 手から衝撃波を放つ神聖魔法ショックだろう。ホースヘッドは頭を振っている。その下の地面が淡い光を放ち始めた。俺は後ろに飛びのくとまだ状況がつかめず立ったままのコンバに駆け寄り地面に落ちた腕を拾う。


 コンバの巨体を押すようにしてエイリアの元に向かった。真剣な眼差しのエイリアに切り取られた腕を渡す。ちょうど籠手の縁の線ですっぱりと切られていた。エイリアは腕の切断面に取り出した聖水をかける。左手で腕をコンバの傷口に添えると右手を添えて早口に詠唱を始めた。


 俺はホースヘッドを振り返る。足元の輝きが消えようとしていた。遠くを見やるとゼークトが牛頭ブルヘッド相手に押しまくっているがまだ勝負はついていない。くそったれ。勝てる気が全くしないが俺が時間稼ぎをするしかない。この状態でエイリアを襲われたら万事休すだ。


 駆け寄ろうとした俺の目の前を青く光り輝く大きな氷柱が飛んでいく。ジーナの切り札アイスブレイクだった。氷柱が激突する寸前にホースヘッドは体を捻る。胸に当たると見えた魔法は左の肩当を吹き飛ばすだけでかき消えた。いや。赤いものが見えるので体も傷つけたようだ。しかし、長剣を握るホースヘッドの闘志は衰えていない。


 チラリと視線を送るがジーナは肩で息をしていた。魔法を連続で唱えたので消耗したのだろう。俺はジーナに向かって突進しようとしていたホースヘッドの前に立ちふさがる。鋭く切り込んでくる攻撃をよけ、次の一撃を払う。防御に徹した。どうせ、俺の攻撃では鎧に包まれた奴の体を傷つけるのは不可能だ。


 唯一可能性があるとすればむき出しの左肩だが、半身で攻撃してくるホースヘッドの左側への攻撃は無理というもの。俺はリーチとパワーの差でだんだんと追い詰められていく。上から振り下ろされてくる長剣をかわせず、ショートソードで受ける。滑ってくる長剣をなんとか鍔で止めるが、じりじりと押し込まれた。


 上背のある相手に力勝負を仕掛けられ、俺は何とか耐えようとするが、体制が崩れてもう受け流すこともできない。兜の裏側で相手の目がギラリと光ったように見えた。長剣が顔のすぐそばまで迫る。そこへ音高く蹄の音が響いて近づいてきた。ホースヘッドはうなり声をあげると、ぱっと長剣を引いて後ろに向き直る。


 後ろから切りかかりたかったが俺は態勢を立て直すのが精いっぱいだった。

「待たせたな。後は任せろ」

 俺は荒い息を吐き出す。

「ったく。遅えよ。死ぬかと思ったぜ」


 馬上から矢継ぎ早に大剣を振り下ろしてくるゼークトにホースヘッドは防戦一方になっていた。

「すまん。想像以上に手練れだった」

「町についたら酒を奢れよ」


 ついにゼークトの大剣がホースヘッドの長剣を弾き飛ばし、返す刀で正面から振り下ろす。重さと勢いの付いた大剣は赤い光を放ちながら兜と鎧ごとホースヘッドを真っ二つにした。どっと血が噴き出し、ホースヘッドはどたりと倒れる。辺りに金気臭が充満した。


 俺は身をひるがえすとコンバの元に駆け寄る。地面にどかりと腰を下ろしたコンバは兜を脱がされていた。ジーナがコンバの顔に浮いた汗を拭いてやっている。エイリアはそのそばで様子を見ていた。

「コンバ!?」


「ああ。兄貴」

「大丈夫か?」

 大儀そうなコンバに代わってエイリアが答える。

「ええ。傷口はきちんとつながりました。砕けた骨の整復は後でもう一度きちんと行う必要がありますが、問題はないはずです」


 エイリアがほほ笑んだ。

「ハリスさんがすぐに切られた腕を持ってこられたからですわ。あと少し遅ければ、障害が残ったかもしれません」

「そうか。良かった」


「治療が終わってるなら移動を開始しよう。なにしろここは最深部だ。少しでも早く離れた方がいい」

 ゼークトの呼びかけに俺はコンバを助け起こして兜を手渡す。

「まだ腕は動かさない方がいいだろうが、歩くことはできるな?」


「馬車に乗せた方が……」

「いや。駄目だ。この状態でもコンバが一番防御が強固だ。囮程度は出来るだろう。パーティ全体を考えればそれが最適だ」

「ちょっとハリス!」

 ジーナの抗議の声は黙殺した。


「姐さん。大丈夫っすよ。このままじゃ俺みっともないだけですし。さっきのシミターみたいなのが出てきたときに俺がいないと姐さんが危ないっすよね」

「そういうことだ。よし、移動しよう」

 ジーナは一瞬すごい視線を送ってきたが黙って歩き出す。


 あるかなしかの勾配とはいえ、疲れた体に上り坂は辛い。俺たちは黙々と歩いた。馬の蹄と馬車の車輪の音だけがトンネルの中の静寂を破っている。その単調な音に異質なものを感じ取った。ブーンという音と共に大人の頭ほどの大きさの黒と黄色の縞模様のものが群れを成して飛んでくる。狩り蜂だった。


 こいつらの尻の針には麻痺性の毒がある。ゼークトが突っ込んで群れを潰し始めるがいかんせん数が多い。打ち漏らした連中がこちらに飛んでくる。エイリアの掛け声と共に数匹が粉々になるが、残りはコンバを無視して俺に向かってきた。この数はさばききれないな。エイリアの解毒魔法に期待して俺はショートソードを構えた。


 先頭の1匹を切り捨てたが、残りが一斉に俺にとりつこうとしたところで、俺の視界がホワイトアウトする。渦巻く風雪に目を閉じ腕で顔をかばった。風音が収まり腕をのけると周囲の地面に凍えた無数の蜂が落ちて身を震わせている。


 俺が蜂を踏みつぶし始めるとニックスがやってきて加勢した。体がでかく重いだけに効率が良い。潰し終わるとニックスがすり寄ってくる。ティアナがするように頭をわしゃわしゃしてやると顔が緩んだ。

「ジーナ。俺まで巻き込むことはないだろう?」

「あら。あの状況じゃそれが最適だったわよ。パーティ全体を考えたらね」


 結局、蜂が最後の襲撃となった。大トンネルの終点にたどり着き、コンバは力が出ないので俺がひいひい言いながら巨大な扉を開ける。初冬の弱々しい太陽だったが、再び日の光を浴びてほっとする。温存していた魔力でエイリアがコンバの治療を始めたので、俺は馬車に近寄り、合言葉を言う。


 すぐの反応が無かったが閂が外れる音がしたので扉を開け中をのぞくとティアナが苦しそうな顔をしている。

「ど、どうした?」

 ティアナは立ち上がると無言でステップから転げ落ちるようにして俺に抱きついてきた。

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