第61話 連戦
巨人の遺体を残して移動を再開する。俺たちの姿が離れるとすぐに後ろの暗闇の中を何かがうごめく気配を感じた。振り返ってみたが闇の中を動くものの輪郭をとらえることはできない。まあ見えなくても想像できるし、むしろ見えなくて良かったのかもしれない。
しばらく進んだところで、手短に作戦会議を開く。ゼークトが指示を出した。
「これから先は馬車から離れないようにしてくれ。何かが襲ってきても防御に徹してくれればいい。さっきみたいにこちらから向かっていくのは不要。私が倒す」
もちろん俺達に異論はない。
先ほど巨人が出てきた辺りがゼークトを除いた俺達で相手にできる限界だと思われる。より一層馬車の周りに集まるようにした。本当は女性2人には馬車に入ってもらいたいのだが、エイリアにあっさりと拒絶される。
「自分の身は守れます。それに何かあったときにすぐに治療ができないと手遅れになりますから」
そうなるとジーナだけに入るように強要するのは難しかった。
「姐さんは俺がしっかりカバーするっす」
妙に張り切った声でコンバが言う。まあ、コンバの装備は初心者にしては贅沢なほど充実している。よほどのことが無い限り即死はなさそうだ。
方針が決まり、抜き身の大剣を手にしたままのゼークトが馬を進める。20歩ほど離れて馬車が続いた。手綱を握る御者の顔も強張っている。何かあったときは座面を跳ね上げると人ひとりが入れる避難場所がある。とはいえ、逃げ込む暇がなければそれまでだし、その避難場所が棺桶にならないとも限らない。
それはティアナについても一緒だ。ゼークトが倒れるようなことがあれば、残りのメンバーで脱出できる見込みは少ない。せめて最深部までたどり着いていれば、遮二無二出口に向けて馬車を走らせるということも出来なくはないが、それもいわば賭けに過ぎなかった。
やはりティアナはノルンに残して来れば良かったか? しかし、デニスがいると分かって……と愚にもつかぬことを悩む暇はない。馬車からの光の輪の中に気色悪いものが浮かび上がる。空中に浮かんだ子牛サイズのそいつの見た目は脳みそから幾筋もの肉の繊維が垂れ下がっているものだった。薄いピンク色の脳みそはぶるぶると震えながらこちらに漂ってくる。
「気を付けて。雷撃の魔法を使います」
エイリアの警告が飛ぶ。それと同時に脳みその表面を黄色い火花が走り収縮する。ゼークトに向かって光の矢が空中を走った。バシっという音がする。ゼークトは大剣の刃を横にして受け止めていた。
ぐんと馬が前に出るとゼークトはすれ違いざまに脳みそを一刀両断にした。べちゃっ。透明な液体をまき散らしながら脳みそは地べたに落ちる。手綱を引いて馬首を巡らせてゼークトはその場で円を描くように周囲を見回す。
「1体だけのようだ。先へ進もう」
脳みその側を通ると甘ったるいような胃がむかつく匂いが鼻をつく。吐き気をこらえながら急いで通り過ぎた。ジーナを見ると青白い顔をしている。
「おい。ジーナ大丈夫か?」
「ええ。平気よ」
「それにしちゃ顔色が悪いぜ」
「ちょっとショックだっただけ。あんなに早く魔法を放たれたんじゃ、抵抗魔法を唱える暇すらないわね」
「そうだな。見えた瞬間に詠唱始めて間に合うかどうかだな」
しかし、ゼークトも魔法を剣で受けるとはとんでもない奴だった。まずは相手に撃たせて反撃に出る作戦だったのだろう。もちろん普通の剣じゃないのは分かっている。俺のショートソードもちょっとしたものだが、魔法を受けることは不可能だ。そうだ。後でエイリアにあの化け物のことを詳しく聞いておこう。
また何も遭遇しない時間が過ぎていった。どれほど進んだろうか。前方で何かがキラリと光を反射する。俺の背中がぞくりとした。
「ジーナ。伏せろ!」
叫びながらショートソードを引き抜き走って前に出る。
空中をいくつもの曲刀が躍るように身をくねらせながら舞っていた。ゼークトが気合の声を発すると共に大剣で何本かを叩き折る。ほとんどはゼークトにまとわりついていたが、数本がこちらに向かって飛んできた。
「コンバ。声を出せ」
「声って何を言えばいいんです?」
「なんでもいい。今のセリフでいいから大声で繰り返せ」
コンバは指示に従って喚きだす。
「声って何を言えば……」
「うわあっ。なんすかこれ?」
コンバは闇雲に戦斧を振り回すが、シミターに当たらないか、当たってもちょっと弾くだけだ。俺はコンバの周囲を飛び回るシミターを一つずつ叩き折る。キンっ。甲高い音と共に地面に落ちたシミターはもう動かない。自分の周囲のものを始末したゼークトが駆け付けて、俺と共に残りの数本を片付けた。
「ジーナ。もう立って大丈夫だ」
立ち上がったジーナは服についた埃を払う。ゆったりとした服ごしでも分かる揺れから俺が無理やり目を離すと、ジーナは問いかけてきた。
「あれは一体なんだったの?」
「どっかのイカれた奴が魔法をかけて自律的に動くようになったシミターさ。人を感知すると襲い掛かって来るが、声によく反応するんだ。たぶん呪文を唱える後衛を狙い撃ちするんだと思う。シミターは皮膚を切り裂くにはいいが、金属鎧相手には弾かれるからな。ああ。コンバ。大丈夫か?」
「びっくりしましたけど、大丈夫っす。先に教えておいてもらえたら、もっとうまく反応できたと思うんすけど」
「何が出て来るか分からんからな。まあ、あれで十分だ。お前が引き付けてくれたおかげで、ジーナもエイリアさんも無事だ」
再び下っていくとしばらくして道が平坦になり、上り坂に変わる。これで半分だ。視線を先に送ると鋼鉄の鎧が2体視界に入る。馬車が少し進み止まった。下ってくる相手の頭部が光の輪の中に入る。異形の兜が目に入り俺は呻いた。
「マジかよ……」
「なるべく早く戻る。それまで耐えてくれ」
緊迫した声のゼークトが馬腹を蹴って突進を開始する。左右に分かれた敵の片割れが俺達の方に駆け寄ってきた。ゼークトは牛面のモンスターと切り結び始める。近づいてくるモンスターの頭はバランスが悪いほど長い馬面だった。
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