第60話 大トンネル
興奮して凄いという言葉を繰り返すティアナをなだめて馬車に押し込む。
「退屈だろうが我慢しろよ。中に入ったらしっかり閂をおろせ。開けていい時は合言葉を言うからな」
ふう。振り返ると皆準備に余念がなさそうだ。
ジーナが呪文を唱えると馬車の上についた水晶から前方に強い光が放たれる。各自が準備ができたとの合図を送ってきたので、俺とコンバで重い扉をスライドさせた。ゼークトが一番乗りし、安全を確認してから馬車を中に入れ、全員が入ったところで扉を閉める。同時にパチンという音がして鍵がかかった。
トンネルの中は閉め切っているせいか、どんよりとしている。湿度も高い。道は緩い勾配で下っていた。ゼークトが気軽な手綱さばきで進みだす。馬車を囲むようにコンバ、エイリア、ジーナが位置し、しんがりは俺が務めた。なぜかニックスは俺の側に寄ってくる。ティアナの次ぐらいには俺がお気に入りらしい。
お前、俺の足噛んだことあるんだからな。そんな目で見ても相変わらずのアホ面で尻尾をパタパタ振っている。ティアナがきちんと面倒を見ているからかもしれないが、粗相もしないし、意外と頭はいいのかもしれない。今回の旅に連れ出してからも、どこかに走っていくでもなく大人しくついてきている。
ほとんどあるかないかのの緩い坂道を下っていく。左右にはまだ支道の口は空いていない。そのせいか、もっと慎重に進むのかと思いきや外と変わらない速度でゼークトは馬を走らせていた。道幅は馬車が3台無理なく並走できそうなほどで、その真ん中を進んでいる。
ずっと同じような光景が続いているのでどれくらい進んだかが分かりにくいが、しばらくすると左右に黒い切れ込みが見え始めた。支道の入口だ。そろそろモンスターと遭遇するかもしれない。ダンジョンと同様に深いところほど強敵が出現するとのことなのでまだ大丈夫だろうが自然と体に緊張が走る。
ゼークトはどんなつもりなのか分からないが、俺の見立てでは圧倒的に前衛の戦力不足だ。馬車なんて仕立てているので、守らなければならない範囲も広い。ゼークトがいる部分はいいが、残りの部分をコンバ一人では正直不安だ。なんといっても経験が足りない。知らないモンスターも多いはずで不覚を取る危険が高かった。
しかし、俺の不安をよそに何も出てこない。小休止のときにゼークトに話しかけるとこともなげに言った。
「ああ。俺がいるからな。しばらくは出てこないと思うぞ」
「どういうことだよ?」
「虎がいるところには狼は出て来んものさ。モンスターも命は惜しい」
みなぎる自信に圧倒される。まあ、聖騎士だもんな。通常の騎士数人が束になってかかっても勝負にならないと聞く。ゼークトが聖騎士になってからはその剣さばきを目にする機会には恵まれていないので俺自身は良く分からないが、きっとそれだけの実力があるのだろう。
ゼークトの言う通りかなりの長い間なにも出くわさない時間が過ぎる。変わり映えのしない景色が続いた。感覚的に下り坂の半分の距離ぐらいを進んだと思われる。この大トンネルはほぼ等距離の下り坂と上り坂で構成されていた。最深部はダンジョンの第5層相当となるので、大体第3層に当たる位置だろうか。
第3層ぐらいまでなら俺でもなんとかなる強さのモンスターが多い。
「敵だ!」
ゼークトの声の方を見る。馬首を巡らせて、向かって左のわき道から出てこようとするものにゼークトが近づく。人の背丈の倍以上はあろうかという巨人だった。口元の乱杭歯がキラリと光る。棍棒を振り上げるが圧倒的に遅い。ゼークトはその間に背負った大剣を引き抜きふるう。
あれだけの大きさがあれば相当重いだろうに、その剣さばきはほとんど目にとらえることができない。あっさりと巨人を切り捨てていた。ゲイン。右前方から金属製の重い物がぶつかり合う音が響く。俺は馬車の後ろを回って右側に出た。もう1体の巨人が振り下ろす棍棒をコンバの盾が受け止めている。
体格が優れたコンバとはいえ、それでも相手の方がずっと大きい。ただ、巨人は身の丈に比べれば横幅はそれほどでもない。そうだとしても大したものだった。馬鹿でかい棍棒の一撃を食らったら俺なんか吹き飛ばされているだろう。まあ、その動きに合わせて自分から跳ぶのでダメージはそれほどでもないだろうが、10歩以上は飛ばされるに違いない。
コンバは渾身の力で盾を押し返そうとしていた。俺は愛用のナイフを構えると巨人の目に向かって投げる。コンバと力比べの最中だった巨人は動いていないため、かなりの距離だったがうまく命中した。がああっ。巨人の叫び声がトンネルを震わす。巨人は空いた手でナイフを引き抜き投げ捨てた。ちゃりん。石畳に当たってナイフが跳ねる。
コンバはその隙を逃がさなかった。盾で棍棒を弾くと戦斧を一閃させて巨人の膝にたたきつける。鈍い音が響いて膝が砕けていた。巨人はどうと横倒しになる。コンバはのたうち回る巨人の頭側に回り込み、無防備な首に戦斧を振り下ろした。もう一度振り下ろすとぶつんと首が切れて転がる。
コンバは後ろに下がって様子を伺う。首を落とされてなお巨人の体は動いていたが、だんだんとその動きは小さくなっていく。周囲への警戒を続けながら俺は近づいていき、床に落ちたナイフを拾い上げる。ナイフは鍔のところまで赤い物で彩られていた。鋭く一振りして血のりを飛ばす。
「兄貴。助かりました。あの距離で当てるなんてさすがっすね」
「いや。動かない相手だったからな。お前こそ、よく相手の初撃を耐えれたな」
「少しふらつきましたけどね。なんとか耐えたっす」
「俺にゃできない芸当だ」
褒めるとコンバは嬉しそうに鼻の頭をかいた。
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