第58話 降嫁話の裏側

 いやあ。聖騎士の権力をまざまざと見せつけられたね。役所に行ってちょっと告げたら4頭立ての立派な馬車があっという間に準備されるんだもの。その間にコンバを呼び出して、エイリアにも連絡してメンバーが揃った。キャリーはオーリス隊と一緒にダンジョンに潜っている。帰ってきたら文句を言われるだろうがタイミングが合わないのは仕方なかった。ちなみにエイリア弟カーライルは祠の探索後に休暇が終わって泣く泣く帰営している。


 ミーシャには不便をかけることを詫びたが意外とあっさりしたものだった。ゼークトが頼むと頬を染めながら二つ返事で了承する。むしろ面倒だったのはタックで、僕もついて行くと言い張って大変だった。それでも夕日が沈む前にはなんとか出発することができる。いざ出かける段になって気づいた。ティアナの行ってらっしゃいのキスがない。ちょっと損した気分だった。


 ノルンとレッケンバーグの間には東西方向に長いゴンドール湖が広がっている。どちらの側を迂回していくにしても、流れ込む川を渡るために上流まで遡る必要があって、かなりの日数がかかった。特に西側は悪名高いマールバーグに近づくとあって、街道もさびれる一方だ。東側は比較的に往来があるが更に時間がかかる。


 今回使おうという大トンネルは、王都カンヴィウムに近い湖畔から、レッケンバーグ近辺の湖畔まで湖底を貫いている。湖を迂回すると10日ほどかかるところを1日ほどで通れるという優れもの。ただし、トンネルの大通りの脇には無数の通路が口を開けていて、そこから強力なモンスターが顔を出すことで有名だった。


 運よくモンスターと遭遇しなければ相当な時間短縮にはなる。ただ強力なモンスターに遭遇して消えていく旅人が続出したために今ではその両側に頑丈な扉が設けられ施錠されていた。俺は自分の命をチップにした率の悪いかけ事をするほど間抜けじゃないので直接中を見たことはない。


 俺たちはノルンを出るとすぐに街道を外れてゴンドール湖に向けて野原を進む。俺とゼークト、コンバ、エイリア、ジーナにティアナと御者の計7名。それにアホ犬ニックスが加わっている。初めて乗る馬車にティアナは大喜びをしていた。

「まるでお姫様になった気分です」


 ゴンドール湖まではほぼ危険はない。馬車は瀟洒な見た目に反して頑丈な作りだったし、魔法の威力を軽減する呪文もかけられているそうだ。何も疲れることはないというので、今は女性3人が馬車の中に乗っている。俺はやっとゼークトとゆっくり話すことができた。


「まったく強引だな。それで今回の件はどういうことなんだ?」

 馬上のゼークトを見上げると貝のように口をつぐんでいる。今は話すつもりはないということだろう。ならばこちらから仕掛けるまでだ。

「ひょっとして、来年早々にお前が結婚するのと関係があるのか?」


 ぴくりと頬が動く。当たりだ。

「しかし、お前が国王の婿になるとはなあ。エレオーラ様というのはどんな人だ?」

「このことを誰に聞いた?」

「まあ、ちこっとな」


「本当に油断がならない奴だな」

「それほどでも。で、女婿なんて面倒な立場を良く引き受ける気になったな?」

「色々と事情があるんだよ。実はな、降嫁の話を聞かされる前にサンダルミヤ卿のお宅に伺ったんだ」


「この話となんの関係があるんだ? 噂じゃ、お前とあまり親密じゃないって話だが」

「親密じゃないか、なかなかいい表現だな。まあ、それでも付き合いというものはある。もう何の理由だったかは忘れたが儀礼上顔を出さんわけにはいかん宴席があったんだ」

「サンダルミヤってあれだろ。そいつの奥さんも陛下の娘だな?」

「ああ。次女のジョセフィーヌ殿だ」


「なるほど。分かったよ。その宴席で嫁さんが高慢ちきぶりを発揮してサンダルミヤが尻に敷かれている場面を嫌と言うほど見させられたってわけだ」

 ゼークトは驚きの声を上げる。

「お前、どうしてそれを? まさかと思うがその場に居たってことはないよな?」


「まさか。貴族の家に忍び込むなんざアホのすることだ。考えりゃ分かることだよ。お前と同じようにな。さして親しくもない、いや、はっきり言えば、お前を煙たがってる相手だ。できればお前を厄介払いをしたいと思っているだろう。サンダルミヤ卿夫人というのもなかなか権勢への執着が強いタイプらしいしな」


「それで?」

「ゼークト。お前さんは女には不自由していない。そんな男なら女の尻に敷かれるなんてまっぴらと考えるだろうと想像したわけだ。で、ことさらに国王の娘の傍若無人ぶりを見せつけて置けば、降嫁の話が来たら、婉曲的に断るだろうと、まあそういうわけだな」


 ゼークトは驚きながらも面白そうな顔をしている。

「お前が断ったら、それをきっかけに忠誠心への疑いを国王に吹き込む算段だったんだろう。どっか適当な外国からの引き抜き工作があるとかないとか。それをお前も読んだから、受けざるを得なかった。だろ?」


「1点だけ違うな。このからくりを解いたのは俺の副官だ。事務仕事を一手に引き受けているホフマンがな、同じような意見だった。こいつは剣の腕は特筆すべきほどでもないが頭は切れる。俺に話を受けるように強く言ったよ。私の将来は閣下と一蓮托生です。賢明な選択をってな」


「ふーん。偉くなるってのも大変だな。で、肝心のお姫さんはどんな感じなんだ? あまり世間の話題に出てこないが」

「ああ。まあ一言でいえば、面白いな」

「面白い?」

「あの方の母親はお妃じゃないんだ。元侍女でな。そういう訳ありで、親子の対面をしたのはつい2年前。それまでは市井で暮らしていた」


 ゼークトはにやっと笑う。

「まあ、あまりお姫様らしくない女性だよ。しかも、頭もいい」

「そんなことよりも容姿はどうなんだ?」

 ゼークトは盛大なため息をつく。


「お前。分かってないな。結婚相手の女性で一番大事なのは頭の良さだぞ。美醜は二の次だ。そうそう。お前もそろそろ身を固めたらどうだ? 以前と比べれば周囲が随分と華やかになってるじゃないか」

「別にそんなつもりはねえよ」

「そう言うな。まあ、俺ならジーナさんを勧めるがね。というか一択だな」

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