第57話 意地悪のツケ

 わざとティアナを一人で買い物に行かせ、傷つけようとしたリリーをその場で取り押さえた。その後、リリーの父親のジョイスを役場に呼び出したが全く悪びれる様子もない。子も子なら親も親だった。

「たかが奴隷相手にふざけだだけで何事です?」

 俺は無表情な顔のまま黙っていた。


 役人が事務的に今までのリリーの所業を告げる。今日も含めて計3回。そのうち2回はティアナは怪我をしていた。一度は軽傷だったが、俺が神殿に連れて行った時の傷は酷かった。処置が悪ければ一生傷が残ったはずだ。確かに奴隷は物扱いされる。ただし他人の物を傷つければ当然罪に問われることになり、そして、その重さは対象物の価値に比例して重くなった。


「ハリスの所有する奴隷を傷つけたリリーは鞭打ち10回の刑だ。さらにハリスに対して金貨3枚賠償するように」

「金貨3枚!? そりゃおかしいでしょ?」

 ジョイスが叫ぶ。


 俺は全てを役人に任せ少し離れているところから見ていた。抗議するのは鞭打ちじゃなくて金の方かよ。俺は顔をしかめる。猛抗議するジョイスに役人は告げた。

「リリーはハリスの奴隷を傷つけたことを認めているし証人もいる。また治療に当たった神官からも速やかに治療を行わなければ一生傷が残ったとのことだ」


「そうだとしても相手は奴隷だ。人じゃない」

「確かにそうだ。だが金貨30枚の値が付く財産でもある。それだけ高額のものを傷つけようとしたんだ。本来ならば杖打ち20回のうえ追放もあり得る。それをハリス氏は寛大にもこの程度でいいと言っているんだ。感謝するんだな」


 ティアナが金貨30枚というのは少々吹っ掛けすぎのような気もするが、健康で容姿端麗な少女の相場としておかしくはないとのことだった。娼館に売りつけることを考えるならそういう値付けをしてもおかしくはない。客を数十人も取らせれば元が取れる。


 いまやジョイスは顔から汗を吹き出しながらしどろもどろになっていた。事実の認否を争えない以上は量刑を減らすぐらいしか交渉しようがない。いくら腕が良く自分の店を持っている職人とはいえ金貨3枚は右から左へと出せる金額ではないだろう。払えなくはないのだろうが、明日からの商売に支障がでるはずだ。


 最終的には鞭打ちは非公開で執行、俺への賠償は金貨3枚のうち1枚分は現物での支払いということになった。年若い娘が観衆に素肌をさらして鞭打たれたりしたら、どのみちこの町に住んでいられなくなる。俺としてみればちっとも心が痛まないが、ティアナは厳罰を望まないだろうということで妥協した。


 それとこの判断に影響した事実がある。実はティアナがデニスの毒牙から逃れられたのは、リリーが2階から植木鉢をティアナに向かって落としたせいだった。幸い直接は当たらなかったが、破片が足に当たり、見上げたところにリリーの顔を見つけて怖くなったそうだ。それでティアナは家に走って帰り、結果的に難を逃れている。そういう意味では感謝に似た感情もなくはない。


 顔をこわばらせたままのリリーの謝罪の言葉を受けた後、俺は別室で控えていたティアナを迎えに行く。結果を話して聞かせると、鞭打ちと聞いて顔を曇らせた。

「ちょっと痛い思いをするだけだ。10回なら2・3日腫れるだけだし跡も残らないさ。お前の受けた傷に比べたら全く比べ物にならないよ」


 それでもティアナは浮かない顔をしている。付き添っていたジーナが言い添えた。

「これはリリーのためでもあるのよ。もし、これで何も罰がなかったらまた同じようなことをする可能性があるでしょ。次の相手はあなたやハリスみたいに優しい人じゃないかもしれない。そうしたら監獄入りになるわ」


「なあ。ティアナ。世の中にはいろんな人間がいる。お前の優しい心は立派だが、それに値しない相手もいるんだ。いずれにしろ、もう終わったことだ。家に帰ろう」

 まるで自分が鞭打ちされると聞いたように悄然とするティアナの姿が痛々しい。心根が優しいのはいいんだが、少し度が過ぎる。


 家に帰り着くと後ろから蹄の音が響き大きな声がかかった。

「ハリス」

 振り向けば騎乗したゼークトが手を挙げ、すぐ近くまでくるとひらりと下馬する。

「10日後って言ってたが、今日で14日目じゃねえか。聖騎士様が約束を違えるとはどうなんだ?」


 すまんと堅苦しく頭を下げるゼークトを家の中に招き入れる。ティアナは飲み物を出すと部屋の隅に引っ込んだ。

「待たせて悪かったが、時間ができた。出かけようじゃないか」

「これからか?」


「慌ただしくて悪いが、遅くとも今日中には発ちたい」

「待たされたせいで、前衛の手配ができてねえよ。神官もずっと待たせっきりで迷惑かけてるし」

「エイリア殿か。彼女がいれば大丈夫だろう。さあ、神殿に行こう」


「ちょっと待て。こっちにも都合があるんだ。今回の旅には、こちらの魔法士ジーナも参加すると言っている」

「好都合じゃないか。よろしく頼む」

「そうはいかないんだよ。となるとティアナを一人で留守番させなきゃいけなくなるんだ」


 俺は事情をゼークトに話した。しばらく顎に手を当てて考えていたゼークトは大きく頷く。

「よし。じゃあ、こうしよう。留守の間はミーシャ親子はコウモリ亭に住んでもらえばいい。働いている間はタックはギルドで遊んでいればいいさ」


「ティアナはどうするんだよ?」

 ゼークトは破顔する。

「一緒に出掛ければいいじゃないか」

「はあ? 何言ってんだ。遊びにいくんじゃねえんだろ?」


「レッケンバーグまで行けば安全な場所がある。仕事を終えるまではそこに預ければいい。デニスとやらも手は出せないだろうよ」

「大トンネルはどうするんだ?」

「貴人を護送するための馬車を仕立てる」


「本気か?」

 そう言いながら俺は答えは分かっていた。こいつはいつでも本気なのだ。

「もちろん。費用は全部俺が持つ。いいじゃないか。あの娘にもたまには気分転換が必要だろ。それにどっかの賢者が言っていた。可愛い子には旅をさせろってな」

 それ意味違うからな。 

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