第52話 賠償
ノルンに帰る道すがらカーライルとキャリーの交渉が秘密裏に何度か行われ、どうやら着地点を見出したようだ。元同僚としてカーライルが餞別に金貨5枚と品質の優れた長剣を送ることで落ち着いたとのこと。品質のいい武器は王室へ納入されるため一般にはなかなか出回らない。
野営の不寝番の順番が一緒になったキャリーが話しかけてくる。
「ハリスさん。私はこれでなんとか心の整理ができたわ。だけど、あなたはそれでいいの?」
賠償の額に満足したというよりは、カーライルの赤くなったり青くなったりする顔を見れたことでキャリーはさっぱりとしたそうだ。
「まあ。あいつの企みの先回りができた時点で満足してる部分もあるんだよな」
「そう。意外に欲が無いのね。弱みに付け込んで姉弟ともにしゃぶりつくすのかと思ったわ」
「ずいぶんとひどい言い草だな」
「冗談よ」
思わずキャリーの横顔を見つめる。ああ、そうですか。なんかデニスと立ち位置が似ているせいか、行動原理まで同じだと思われるのはしゃくだな。確かにあいつなら、言葉巧みに責め立ててエイリアの体を要求してもおかしくない。俺はそこまで非道じゃないんだが。
顔を上げると面白そうにキャリーが俺の顔を覗き込んでいる。
「繊細なのね」
「はあ?」
「さっきの冗談は悪かった。謝るわ」
キャリーが手にした枯れ枝をぽきりと折って火の中にくべる。風が遮られる場所を選んだが気温が下がっているのは如何ともしがたい。マントが無くて寒さがこたえるかと思ったがそうでもなかった。まあ、あのダンジョンの中に比べたらぬるいぐらいなので当たり前かもしれない。
「あなたと居ると退屈しないでいいわ。次にどう行動するか予想ができない。川岸での迎撃の指示も的確だったし、容赦なく賊を切り捨てるかと思えば、あのカーライルの所業に対して意外と寛容なのだもの。あの蛮族の娘だって奴隷商人に売れば結構いい値がついたと思うわよ」
「そうかもな」
「相手は蛮族よ。僻地の村を襲うことだってあるんだし、慈悲をかけなくても非難されたりはしないわ。まあ、結果的にエイリアさんの評価は上がったかもしれないけど」
「別にそんなんじゃねえよ」
「じゃあ、どうして?」
キャリーは焚火が反射してキラキラする瞳で俺のことを見つめている。不寝番の退屈しのぎの話のネタにしては、なかなかにしつこい。
「まだガキだったからな」
「何それ?」
俺はこの話はおしまいとばかりに立ち上がり、焚火から離れて周囲を警戒しながら歩いた。奴隷に売っぱらうなんてできるわけないだろう? そんなことをしたら、せっかく築きあげたティアナからの信用が台無しになる。それに、なかなかのじゃじゃ馬っぷりだったが、あの娘に悪い印象は抱かなかった。俺のせいで恨みもない相手の人生をめちゃめちゃにするのは後生が悪い。ましてや相手は子供だ。
焚火のところに戻ってもキャリーは先ほどの話題を蒸し返さなかった。ゼークトとのなれそめを聞かれたので、元々一緒に冒険者をしていたことを話す。
「冒険者から聖騎士まで成り上がったのね。それは凄いわ」
「まあな。あいつの実力からすれば不思議じゃないけどな」
「私も頑張らなくっちゃ」
「また騎士を目指すのか?」
「たぶんね。冒険者の生活も刺激的だし、しばらくは面白いとは思うけどね。ギルド長の許可が下りて、声がかかるようなら騎士に戻りたいわ」
年をとると冒険者は厳しくなるからな。キャリーの選択は合理的だ。実力もあるし希望が叶う可能性は高い。俺もこの先どうするかは考えないとな。俺一人ならなんとでもなるが、ティアナの面倒もみなけりゃならない。交代の為にコンバとカーライルを起こすと俺は背負い袋を枕にして眠りについた。ティアナがしくしくと泣いている夢を見る。
夢見が悪かったせいか、ノルンの町に帰り着くまで、エイリアを食事に招待することをすっかり忘れていた。神殿につながる道と俺の家の道の分岐点で別れの挨拶をしたときにそのことを思い出す。危ない危ない。そのまま家に帰ったらティアナに合わせる顔がないところだった。
「あー。エイリアさん。もし良かったら明日の夜でもお食事を御一緒にいかがです?」
俺が声をかけると振り返ったエイリアの向こう側でカーライルが物凄い顔をしていた。完全に誤解されたな。
「いや。実はティアナから頼まれていたんですよ。治療をしてもらったお礼に、ぜひエイリアさんに料理を御馳走したいのでお願いしてみてくれってね」
エイリアは顔を綻ばせ、カーライルは多少顔つきを緩める。
「お礼をしていただくほどのことはしていませんが、そういうことならご招待に喜んで応じたいと思いますわ」
「そりゃ良かった。ティアナが喜びます。それじゃあ、明日の夜お待ちしてますよ。あ、弟さんもご一緒にどうぞ」
カーライルはやっと不機嫌そうな顔をやめた。ここは一つ最後の嫌がらせをしよう。
「キャリーさんも良かったらどうです? ティアナの料理の腕はコウモリ亭と遜色ないですよ」
「それじゃあ、せっかくなのでお言葉に甘えます」
「コンバ。お前も来るだろ?」
「いいんすか兄貴?」
「当然だろ」
「人数が多いとティアナちゃん大変じゃないですか?」
「一人増えたぐらいじゃ変わらんさ。それにジーナも手伝うだろうし」
「姐さんが? それじゃあ、遠慮なく参加させてもらいます」
「夕刻の鐘が鳴る頃に待ってるぜ。それじゃ、お疲れさん」
「ハリスさん。ご協力ありがとうございました。神のご加護がありますように」
「リーダー。明日を楽しみにしてるわ。それじゃあ」
「兄貴。おつっす。俺は何か酒持ってきますよ」
皆と別れて家路につく。仕事を終えて家に向かうのが楽しいなんて、前には考えられなかったことだ。家に帰るのが面倒でコウモリ亭で飲んだくれ、そのまま潰れてテーブルで寝てしまうこともあったなあ。家の扉を開けて声をかける。
「帰ったぜ」
家の中は静まり返り、返事が無かった。
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