第51話 誘拐犯集団

 そのまま行き過ぎることを祈ったが、どうも信心の足りない俺の願いは聞き届けられなかったらしい。俺達が潜む近くで騎馬の一団は手綱を引き絞った。

「遠目でしたが女が混じってました。ついでにあのスケもさらっちまいましょう」

 話しかけられた男の鞍には何かが横たえられている。


「あまり時間はかけられないぞ」

「分かってまさ。スノードン様も獲物が一人じゃ満足しねえでしょうが。おい。いくぞ」

 一人を残して9人が下馬して森の中に踏み込んでくる。


 くそ。こいつら。マールバーグの連中か。マールバーグは王国の西南部に点在する独立した都市国家群の中の一つだ。王国を含めた近隣の食い詰め者やあぶれ者が巣くう都市で強欲王スノードンが君臨している。主要産業は誘拐と人身売買という犯罪都市だった。


 ろくでなしの巣窟なのだが、有力な暗殺者を抱えており、その矢面に立ってまで制圧しようという者がいない。現国王カンディール4世も一度は討伐を考えたそうだが、その任を与えた将軍が不審な死を遂げてからというもの、表立っては行動していないはずだ。


 商売で誘拐をしているので既定の身代金を払いさえすれば髪の毛一本傷つけずに解放される。しかし、期限を過ぎたり払えなかった場合の運命は過酷だ。奴隷の売買は王国が認めた奴隷商人を通してしか行うことができない。奴隷商人が危険を冒してまでマールバーグから仕入れるはずもなく、非合法の闇奴隷として一生解放されることのない地獄が待っていた。


 マールバーグの連中は一定の間隔を空けて半包囲するように動いている。エイリアが硬直したように立ち尽くすのを目掛けて近づいていた。左右を見渡して絶望の表情を浮かべている。なかなかの演技力と言えた。収めてある革の袋ごとメイスを体の後ろに持っているので、連中には無腰に見えるはずだ。


 いつもと違い金属の輪が組み合わさったリングメイル姿のコンバがエイリアの側に立っている。体がでかいがまだ幼さの残る顔立ちで素朴な木こりにしか見えない。誘拐犯からすればちょろい獲物と見えるだろう。じりじりと下がる2人にあと10歩ほどの距離まで近づいたときにキャリーとカーライルが行動を開始した。


 両翼の端にいる奴らに襲いかかる。まったく存在に気づいていなかった2人をあっさりと切り捨てた。同時に俺もナイフを中央の二人に投擲すると、馬上に残るリーダー格の男の頭上に大きく跳ぶ。反動で梢が揺れてガサガサっという音を立てる。それに気を取られ上を向いた男の口に逆手に持ったショートソードの刃が吸い込まれた。


 驚いた馬がいななき棹立ちになる。振り落とされるがバランスを崩しつつも足から着地した。続いて袋が転げ落ちてきたので抱きとめる。柔らかな感触から中に入っているのが生き物だと知れた。そっと袋を地面に横たえると絶命した男から剣を引き抜いて残った男たちの背後に回る。


 この間に俺のナイフを受けた2人はコンバが難なく始末していた。騎士2人も更に1人ずつを倒しており、残りは3人。自棄をおこしたのがエイリアに襲いかかっていたがメイスでシミターを弾き飛ばされていた。身をひるがえして馬を目指して走ってきたので俺が切り伏せる。


「くそおっ。俺達はスノードン様の手の者なんだぞ」

 虚勢を張る姿は少々哀れだった。だが、今日はティアナは居ない。

「それで?」

 俺の方を向いた男がはっとした顔をする。


「てめえ。見覚えがあるぞ。ノルンのハリスじゃねえか」

 ああ面倒だな。俺のことを覚えている奴がいたとは。しかし、これで腹は決まった。生かしてはおけない。

「そんな奴は知らねえな」


 男はおめき声をあげて突っ込んでくるが、横から飛び込んできたキャリーの剣が胴を払う。もう一人は逃げ出そうとしたところをカーライルに阻まれコンバの戦斧が一閃し頭が胴体とお別れした。ナイフを回収し、確実にとどめを刺すように合図を送って俺は袋のところへ戻る。もぞもぞと動く袋の口を縛るひもを切った。


 袋を開けると褐色の肌に大きな黒目の野性的な顔立ちの少女が顔を出す。首の後ろで両手をしばられていた。目に挑戦的な光が宿る。俺は袋の底の方に回り引っ張り上げた。中からコロンと少女が転がり出る。手と足の縛めをナイフで切ってやるとぱっと起き上がった。


 服の前を掻き合わせる前に裂かれた隙間から形のいい可愛らしい乳房がちらりと見えた。何か罵っているが分からない。キャリーが近づいてくる。

「あなたの心臓を抉り出して食ってやるとか言ってるわよ。何をしたの?」


「言葉が分かるのか?」

「一応ね。それで?」

「袋に閉じ込められていたから開放して、縛ってた紐を切った以上のことはしてねえよ」


 キャリーが何かを言うが激しい言葉が返ってくるだけだった。次々とやってくる俺の仲間を見て、一瞬だけ怯えの表情を見せる。俺は背中に手をやってマントを外した。それを少女に向かって投げてやる。キャリーに通訳を頼んだ。

「別に何もしねえよ。仲間のところに帰りな。ただ、その恰好じゃ恥ずかしいだろ。それで体を包め」


 少女は俺を睨んでいたが、受け取ったマントを上半身に巻き付ける。小柄なので十分覆うだけの長さと幅があった。近くにいた馬の背に飛び乗ると、指を口に当てて吹き鳴らす。少女の乗る馬に続いて他の馬も駆けて行った。仲間を促して俺達もこの場を急いで離れる。


 エイリアが近くに寄って来た。

「ハリスさん。あのゴロツキ達の一人があなたのことを知っていたようですが?」

 やっぱり聞かれていたか。前に一度だけ借金の返済の為にスノードンの仕事を受けたことがある。あいつらと関りがあると知れたら軽蔑されるのは間違いないだろう。


 諦めて昔のことを白状しようとする前にエイリアが口を開く。

「こちらの地方では広く名前を知られているのですね。ハリスさん、さすがです」

 柔らかなほほ笑みを向けてくるエイリアに対して、俺はぎこちなく肩をすくめることしかできなかった。


 

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