第46話 千客万来

 家に帰るとティアナとタックが並んでジーナに字を習っていた。教えているときのジーナは凛としており、ダンジョンにいるよりもよっぽど様になっている。食べていけるだけの安定した稼ぎはあるのに、わざわざ冒険者をやっているのはなんでだろう。俺みたいにダンジョンの浅いところでゴミ漁りをするしか能がないのとは違うだろうに。


 ぼんやりとティアナの横顔を眺める。目を輝かせながら真剣に取り組む姿はそれはそれで男心をくすぐった。もう初めて会った時のひどい姿を思いださせるものは全くない。健康的で快活な美少女そのもの。ただし、体つきは相変わらずほっそりとしており、まだまだ大人の女を感じさせない。


 体つきはジーナに似てくれりゃあな、などと非生産的な妄想にふけっていると俺をおとなう声が聞こえる。出てみるとキャリーだった。立ち話も悪いので中に招く。

「今度、他の隊で少し深くまで潜ることになった」

「ああ、そうかい。それをわざわざ?」


「そう。あくまで一時的なものだということを言っておきたくて」

「そりゃあ律義なことだな」

「リーダーには断りを入れるのが礼儀だと聞いたから」

「別に移籍するならそれでも俺は構わないぜ。その方があんたも……」

 そこへまたノックの音。


「ハリスさん。ご無沙汰してます。エイリアです」

 キャリーの同意を得て中座する。出てみるとゆったりとした神官服に身を包んだエイリアが微笑み、その後ろで顔をこわばらせている男がいた。

「突然お邪魔して……あら、ティアナさん。元気そうね」


 けぶるような笑みを浮かべるエイリアが両腕を広げるとその中にティアナが飛び込む。

「エイリア様!」

 しばらくぎゅっとしていた抱擁を解くと、エイリアはティアナを見て目を細めた。


 なかなか眼福な光景だったが、俺を挟んで鋭い視線が交差しているのを感じて視線を動かした。片方で歯を食いしばっているのがキャリー。もう片方で整った顔に苦虫を潰したような表情を浮かべているカーライル。二人はつい最近まで荒鷲騎士団で同僚だった。カーライルは騎士団付きの会計検査官にして、俺の家に偽金貨を仕掛けようとした案の発案者だ。


 現行犯でキャリーをサマードが捕まえた翌日にギルドの応接室でカーライルは俺に対して一騎士が独断で暴走したことを詫びた。俺を疑うつもりなど微塵もなかったことを理解して欲しいと結構な手土産を持参している。しかし、その後、キャリーが洗いざらいぶちまけたのでそれが嘘だったことを俺は知っていた。


 カーライルの言説は騎士団の面目がつぶれないようにするためのものだと思っていたが、この状況からするとどうやら違ったようだ。感動の対面を終えたエイリアが後ろのカーライルを紹介する。

「私の弟のカーライルです。先日、こちらに騎士団が来た時に顔は合わせてますよね?」


 弟なのか。エイリアが必死に偽金の情報をつかもうとしていた相手なのだろう。そして、俺が情報を提供した恩を仇で返そうとしてくれたわけだ。

「ええ。あいさつ程度ですがね」

「ハリスさんには多大なご迷惑をおかけしたみたいで申し訳ありません。手違いとはいえ偽金を使ったという疑いを……。弟も精一杯とりなしたそうなのですが」

「いえいえ。大したことはありませんでしたよ」


 へええ。そういう二枚舌を姉に対しても使っているわけか。想定外なのはキャリーがここに居たことだろう。キャリーにどのような処分が下ったか知る前に、騎士団は早々に帰還したからな。何を言おうが公式にはキャリーの独断ということになっているので、まさか自由の身になっているとは思わなかったのが大誤算というわけだ。俺に処分を任せておけば、玩具にしたうえでシトレ島送りにでもすると考えていた、という辺りか?


 俺は二人に背を向けてキャリーに近寄った。

「一時的に別パーティに加入する件は了承した。気をつけてな」

 そして片目をつぶって小声で付け加える。

「あいつを痛い目に合わせるのは俺に任せておけ」


 振り返って、エイリアにキャリーとジーナを紹介する。

「俺のパーティメンバーだ。魔法戦士のキャリーと、魔法士のジーナ。こちらは以前ティアナが世話になった神官のエイリアだ。ここの町の神官より高位の治癒魔法が使えるのは間違いない」

「いえ。まだ修行中の身です」


 面をふせる奥ゆかしいエイリアにタックがとことこと近づいた。

「お姉ちゃんが言ってたおじさんのお友達の聖女さま?」

 ティアナが肯定する。

「すげえ。じゃあ、あの話は本当だったんだ。じゃあ、聖騎士が友達ってのも本当なんだな?」


 エイリアは屈んでタックと視線を合わせる。

「私はまだ聖女なんかじゃないわ。でも、ハリスさんは大事なお友達よ」

「ううん。お話に出てくる聖女さまみたいだもん。すげえなあ」

 エイリアは困ったような笑みを浮かべている。嘘は言えないが、子供の夢は壊したくないといったところだろう。


 俺は咳払いをする。

「ところで、エイリアさん。わざわざこちらまでいらした理由は?」

「教会から古い祠の調査を命じられていまして、幸い方向が同じでしたので、ハリスさんに直接お詫びを申し上げに参りました」


「いやあ。そんなに気にしなくても」

「いえ。そうはいきません」

「ところで、バッシュさんとかも一緒なのですか?」

「それが、あいにくと都合が合わなくて……。実は代金はお支払いできないのです。こういうことを申し上げるのは心苦しいのですが、ハリスさんにお手伝い頂けると助かるのですけれど」


「俺なんかじゃお役に立てないでしょう」

「そんなことはありません。古い祠ですので鍵を紛失していますし、それに何より豊富な経験をお持ちのハリスさんが居て頂けると心強いです」

 お世辞と分かっていても耳に心地いい。


 エイリアの後ろではティアナが懇願するような表情をしていた。目で助けてあげて欲しい、という非常に分かりやすい訴えをしている。返事をしようとしたところに、またまたノックの音がした。今度は非常に力強い感じだ。今日は客多すぎだろ。俺の想いをよそに明朗な声が響く。

「ゼークトだ。開けてくれ」

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