第45話 コウモリ亭

「無許可でダンジョンに入ったのは看過できないわね。冒険者の登録料である銀貨3枚と同額を払ってもらいます」

 サマードはそっけなく言う。予定より遅れて帰ってきたと思ったらこれかよ。

「ギルド長。そりゃ酷じゃないですかね」

「あら? 自分は登録料や手数料を払っているのに、タダでダンジョンを歩き回る人が出ても不満じゃないの?」


 サマードにやり込められて俺はぐうの音も出ない。

「しかし、着の身着のままで町に来た人間に銀貨3枚はポンと払える金額じゃない……」

「そうよね。それで、ハリスさんが立て替えてあげるのね。心温まるいいお話だわ」

 大人には滅多に見せないサマードの笑みと棒読みのセリフ。


「ギルド長。なんか俺が誰かみたいな悪人に聞こえるような微妙な言い回しはやめて貰えませんかね?」

「なんのことかしら?」

 こいつ分かっていて言ってやがる。


 サマードは表情を改めると横で小さくなっているミーシャに向き直る。

「私としてもあなたがコウモリ亭で働いてくれるのは助かるわ。あそこの手が回らなくなったせいで、他所のお店にうちのギルド員が出入りするようになったんだけど、一般人と揉めごとが起きていて頭が痛いのよ」


 ティアナがやって来るまでは俺も入り浸っていたコウモリ亭は冒険者のたまり場だった。一般的に冒険者はそれほどお行儀が良くない。コウモリ亭はなんといっても、サマードが目を光らせているし、親父も冒険者上がりで、荒くれ者の扱いには長けている。しかし、他の店ではそうはいかない。


「ミーシャさん。酔っぱらいのあしらいはわきまえていると思うけど、手に余るようなら遠慮なく店主のアーガスに言いなさい。それから、これはギルド長としてではなく一人の人間としての忠告よ。スカウトのデニスという男には気をつけること。ぱっと見は、このハリスよりいい男だけど、あの男は蛇みたいに冷血だから」


 最後は冗談めかして言っているが顔は笑っていない。

「あの男からは何も受け取らないこと。特にあなたが代価を払えないものは絶対よ」

 デニスはミーシャの前任の娘を言葉巧みに誑かし、気が付いたら払えないほどの借金漬けにしていた。その娘はみるみるうちに憔悴し、ある日突然姿を消した。


 ミーシャを連れて、コウモリ亭に行った。すぐ隣に立地し横の通用口でつながっているので、ほとんど付属の施設といった形になっている。がっちりした体格のアーガスが出迎えた。こめかみに残る傷跡は凄みがあるが笑うとなんとも言えない愛嬌がある。ミーシャの手を取ってぶんぶんと振った。


「いやあ。本当に助かるよ。俺は厨房にかかりっきりになっちまうんで、酒と配膳を頼む。それから、この店じゃお触りは厳禁だから安心してくれ。もしそんな不埒な野郎がいたらすぐに言うんだ。その野郎は俺がすぐにサマードの寝室に放り込んでやる。一人寝が寂しいらしいから、ギルド長みずから足腰立たなくなるほどたっぷりと可愛がってくれるだろうぜ」


 自分の際どい冗談にアーガスはガハハと笑い俺に向き直った。

「ハリスの旦那もたまには店に顔をみせておくんなさい。まあ、旦那はあのお嬢ちゃんの料理に首ったけって噂ですが、実際のところどうなんです?」

「まあな。料理の腕はあんたといい勝負だ」


「くう。憎いねえ。しかもあんなに可愛いときた。それじゃあ、俺は仕込みがあるんで、ミーシャさんに店のこと教えてやってください。旦那なら隅々までよくご存じでしょ? 2杯奢りますんで」

「おい」

 嬉しそうに腕まくりをしながら奥に消えるアーガスは振り返りもしない。


 仕方なくカウンターのくぐりを潜って中に入る。酒蔵の場所に案内して棚のどこにどんな酒があるかを説明した。一通り説明して戻り、食器などの在りかを教え、店のメニューを示す。喉が渇いたのでエールを一杯貰い、お替りに口をつけていると、通用口からどかどかと数人が入ってきた。


「いよう。ハリスじゃねえか。新人の指南役やってんだってな? 随分と偉そうじゃねえか?」

 戦士のオーリスとそのパーティメンバーだった。このギルドではトップの戦力を誇っている。ただ、俺が臨時加入した王都を根拠地にするバッシュ隊には劣るはずだ。


「お、新人の給仕か。いいねえ。儚い感じで。それじゃエールを人数分頼む」

 隅のテーブルを占拠したオーリス達は次々と料理を頼み始めた。アーガスがちらっと顔を出す。

「お前ら、上品にするんだぜ。ミーシャさんを困らせんじゃねえぞ」


 すぐに勘を取り戻しててきぱきと働き始めたミーシャの姿を見て安心したので俺は家に帰ることにする。

「おい。ハリス。もう帰るのか?」

「ああ」


「しかし、あんたが指導役とはな。確かに経歴は長いけどよ。スカウトがリーダーってのもな」

「人が居ねえから無理やり引き受けさせられただけだ。そういうんならオーリス。お前さんがやればいい」


「そうさなあ。最後の奉公にやってもいいかもな」

「最後? どういうことだ?」

「ああ。あと2か月もしたら、俺達は本拠地を王都に移すことにしたんだ。そっちの方が稼げそうだしな」


 そういうことか。だからサマードは新人育成に本腰を入れ始めたのか。

「そいつは良かったな」

「そういや。ハリス。あんたは王都のパーティの助っ人に入ったんだろ? どうだった?」


「どうだって?」

「俺達と比べてどっちが上かって話だよ」

「さすが王都だな。俺が加入した隊は、悪いがあんた達よりは上だよ。俺が入っていても第6層は問題なさそうだった」


「ひゅー。それじゃあ確かに言う通りかもな。俺達も強化しないと。あんたはこの場所から動かないのかい? スカウトは今や人手不足だ。それなりに必要とされてんだろ?」

「パーティのお荷物になるのはこりごりだ。まあ、せいぜい頑張れや」


 俺は底に残ったエールを飲み干すとカウンターに置く。忙しく働くミーシャに手を振って家に向かった。スカウトは戦闘時には役に立たない。特に下層になればそれは顕著だった。肩身が狭いうえに死にそうな思いをするのはごめんだ。そう思いながらも心の底にもやもやするものを感じていた。

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