第44話 本当の腕前

 キャリーはまだ胸を強く押されたことを恨んでいるようだ。一方で、コンバはまったく気にした様子が無い。籠手のせいで触感は楽しめなかっただろうけど、一応女性の胸揉んでるんだから少しは恐縮した態度できねえのか?

「兄貴。リンゴっす。お袋が大量に送ってくれたんすよ、兄貴へって」


 コンバは大きな袋を俺に手渡す。結構な重さだった。ティアナが喜ぶだろう。

「おう。なんか気を遣わせて悪いな」

 腕を組んだキャリーが用が済んだなら帰れという顔をしていた。コンバはそれに気づかず玄関の奥を覗き込むようにしている。


「なんか用か?」

「いえ、用ってほどでもねえんですけど、姐さんは元気にしてるのかなって」

「ああ。ミーシャと話してるぞ。中に入るか?」

「いえ。いいっす。やっぱダンジョンに慣れてるんすね。俺はまだだるくて」


 コンバはそそくさと帰って行った。なんだアイツ? キャリーに向き直る。

「ああ、すまん。話を遮って。それで話と言うのは?」

「ここでは話せないわ」

「気がきかなくて悪いな。中に入ってくれ」


 キャリーは肩をそびやかすように中に入った。ティアナを呼んでリンゴを預け、ジーナとミーシャにも席を外すように頼む。

「さてと。これでいいだろう?」

「ええ。それじゃ、聞くわ。あなた、私との練習試合じゃ手を抜いたでしょ?」


「いや。そんなつもりはないけどな」

「ダンジョン内での剣さばきとは明らかに違ったわ。まあ、その剣に付与されてる魔法の効果もあるのでしょうけどね」

「このボロ剣に魔法が?」


「とぼけても無駄よ。なんなら魔力検知の魔法かけさせて貰ってもいいかしら?」

「断ると言ったら?」

 キャリーは胸の下で腕を組み挑戦的に俺を見据えている。

「ああ。分かったよ。アンデッドの群れと戦ったときに気づいたんだな?」


「そうね。単体をターゲットにする魔法の対象拡大は簡単じゃないわ。ジーナさんではまだちょっと難しい。あの時に魔力付与したのはあの無神経な大男の斧よね。なのにあなたの剣はスケルトンを破壊した」

「ま、あんたも魔法は使えるんだからバレるよな」


「それに剣の腕もそこそこあるでしょう? 少なくとも私に一方的にやられる腕じゃないはずよ」

「俺の技は戦士のものじゃない。急所を狙った攻撃になる。練習用の刃を潰したものでも当たり所が悪けりゃ大変なことになるんでね。あの時は俺のことをなめてただろ?」


 キャリーはしぶしぶと頷く。

「トリッキーな動きであんたを怪我でもさせたら、俺がサマードに首をねじ切られちまう。だからさ」

「なるほどね。それで得心がいったわ」


「わざわざそんなことを確認しにきたのか?」

「ええ。当然でしょ。今後もあなたの隊に所属する以上はリーダーの実力は知っておきたいわね」

「それを言うなら、キャリーさん、あんた、ゴブリンと戦ったときは様子見で手を抜いてたよな?」


「そうよ。私が本気を出したら一人で十分。だけど、それじゃあ、フォルクさん達の訓練になると思う?」

「そりゃ気を遣って頂いてどうも。で、そこまで白状するのはどういう心境の変化なんだ?」

「昨日疲れたからよ。やっぱりダンジョンは違ったわ。少なくとも総合的な力でまだ私はあなたに及ばない」


 おやおや。急に素直になったぞ。

「実を言うとね。ちょっと前からマルク団長にはいつか見捨てられんじゃないかって危惧してたの。色々と噂はあったから。私は魔法も使えるし大丈夫だって信じてたけど自惚れだったみたいね」

 キャリーは自嘲気味の笑いを見せる。


「ハリスさん。あなたの家に偽金を仕掛けに来る前に、団長はどうせ何かしら後ろ暗いことをしているはずだと言ってたわ。でも私にはそうは思えなくなってきたの。あなたはスカウトとしての技量はかなりのものだし、ダンジョン内での指導も新人に真剣に向き合っていた。だから……、反省したわけ。あなたを陥れるようなことをして申し訳ない」


 キャリーは頭を下げている。うーん。信用していいものかどうか判断できんなあ。

「急にそういう態度を取られても……」

「信用できないわよね。そうね。今は無理でもいずれはあなたにも納得してもらえることを期待してるわ」


「ただなあ、もう一緒にパーティを組むことは無いんじゃないかな」

「どういうこと?」

「いや。新人育成隊の件は俺は臨時雇いに過ぎないからな。とりあえず1回って約束だし。次回からは遠慮させてもらおうと思ってる」

 

 キャリーはくつくつと笑い始めた。

「何がおかしい?」

「あのギルド長が許すと思う? 私もあなたは適任だと思うわ。新人育成以外でもダンジョン潜るときは声をかけて。想像でしかないけど、第2層までなら間違いなく対応できるぐらいの腕はあるつもりよ」


「分かった。俺としても優秀な前衛がいるのはありがたい。これからもよろしく頼む」

 俺が手を差し出すとキャリーはその手を強く握る。サマードが俺の後ろ盾である限りは変なことはすまい。


「そうそう。あのコンバっていうでかぶつはあなたの個人的な弟子なんでしょ?」

 おっと、昨日の苦情かな?

「ああ、そうだが」

「それじゃあ、もうちょっとデリカシーがないと女性の好意は得られないって、あなたから言っておいてあげて」


「別に構わないが、どういう意味だ?」

「そのまんまの意味よ。まあ私が教えてやる義理は全くないんだけど、一応はこれからも隣を任せることになるからね」

「ああ。分かった」

 と言いながら、どういう意図だかさっぱり分からなかった。

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