第43話 聖騎士ごっこ

「じゃあ。ティアナがお姫様で俺が聖騎士な。で、おじさんは魔王ね」

 俺がミーシャに啖呵を切ったせいで雰囲気が悪くなったところへ退屈したタックが遊んで欲しいとやって来た。それで裏庭に出てきている。聖騎士ごっこか。仕方ねえ、いっちょ遊んでやるか。


 タックは手にした縄でティアナをぐるぐる巻きにすると、その端を俺に手渡して小屋の陰に走り去った。

「誰か、私をお助けください」

 意外とティアナもノリノリだ。


 そこへ大きめのタオルを首で結び背中に垂らしたタックが登場する。

「そこまでだっ! 魔王め。お姫様を離せ」

「わはは。今頃のこのことやってきたか。ティアナ姫は俺の物だ。死んでも誰にも渡さんぞ」

 そう言ってぐいとティアナの体を引き寄せ肩を抱く。


 ん? ほら。ティアナの番だぜ。はやくセリフを言わないと。なぜか下を向いて首筋が赤い。つばが変なところに入っちゃってむせたのか?

「聖騎士さま。どうかお助け下さい」

 タックは腰に結わえ付けていた木の枝をさっと抜くと正面に構える。


「魔王め。正義の刃を受けてみろ!」

 俺はティアナを離して、手にしていた枝でタックと数合打ち合う真似をする。タックが大仰に構えると叫んだ。

「くらえ。ホーリースラッシュ!」


 タックの枝が俺の腹に勢いよく当たる。

「ぐわああ。まさか、こんなに強かったとは……」

 俺はよろよろと後ずさるとばたりと倒れた。

「どうだ参ったか!」


 こんなやり取りを3回ほど続けるとさすがに飽きてきた。

「たまには役を交換しねえか?」

 子供のごっこ遊びの配役にケチをつけるのも大人げないが俺は文句を言う。

「なんでいっつも俺が魔王とか悪大臣役なんだ?」

「だって、おじさん、いかにも悪そうな顔してるもん。極悪人て感じ」

 極悪人とか難しい言葉良く知ってんな。


 子供は正直だ。ときに残酷なまでにストレートな言葉を吐く。まあ、確かにそうかもしれないが、俺はそこまで悪人顔か? あごの無精ひげを触りながら憮然とする。

「タック! それは言い過ぎよ」

 ティアナが怖い顔をしていた。


「まあ、子供が言うことだし仕方ねえよ」

 なぜ俺が、とも思うが一応とりなしてみる。

「仕方なくありません。子供でも言っていいことと悪いことがあります。タック。ご主人様に謝りなさい」


 タックはびっくりして目を丸くしていた。そりゃ優しいお姉ちゃんと思っていたらこれだもんな。

「おじさん。ごめんなさい」

「ああ。もういいよ」


 ティアナはタックの前にしゃがみ込むと頭をなでた。

「ちゃんと謝れて偉いわね。でも、人の顔の悪口を言ったらだめよ。それに、ご主人様は凄い人なんだから。確かにちょっと顔は怖いけど」

 そこは否定しないのな。


「凄い人?」

「そうよ。ご主人様は冒険者のリーダーで指導役でもあるのよ」

「仲間に聖騎士はいる?」

 タックは目を輝かせる。


「今は一緒じゃないけど、ご主人様のお友達に聖騎士様がいるわ」

「ホント?!」

「聖騎士もいるし、聖女様みたいな神官もお友達よ」

「すっげえ。おじさん。聖騎士に会わせてよ」


 あまりの勢いにティアナは俺の顔を見る。すみません、という顔をしていた。まあ無理も無いか。奴隷にしてみれば主人の地位がそのまま自分の立場に直結する。少しでも俺のことを凄いと言いたいという気持ちは分からないでもない。でも、ゼークトに会わせろって言ってもなあ。あいつ死ぬほど忙しいし。


「あいつは国王様の仕事でいつも忙しくしてるから、そう簡単には会えないぞ」

「なんだよ。ケチ」

「まあ、3年ぐらいしたらやって来るかも」

「本当に友達なの?」


 ティアナがそろそろ仕事に戻ると言うので、聖騎士ごっこはここまでにする。空飛ぶ虫を追っかけ始めたタックを残して部屋に入った。ジーナと何か話をしていたミーシャが固い笑みを浮かべる。


「ハリスさん。先ほどの話ですが、私は気にしません」

「他人がどう思うかの話だぜ」

「なんと思われようがいいです。ティアナさんやジーナさんも一緒です。事情を知らない人が何と言おうが無視すればいいことですから」


「世間はそんなに甘くないぜ。ジーナはある程度の腕がある魔法士だから立場が違う。一旦変な評判がたったら、あんたは良いにしてもタックが困るだろう」

 ミーシャは苦しそうな顔をする。

「タックにもきちんと言い聞かせます。年の割には体の成長が遅いですけど、頭は悪くないですから」


 俺はソファにだらしなく座る。

「まあ覚悟を決めたなら好きにしろ。でも、家賃はきちんと払ってもらうぜ。ジーナは賃料代わりにティアナに字を教えているんだからな」

「働きに出て稼ぎます」


「じゃあ、うちじゃなくてもいいだろ」

「夜に働きに出るのでその間、タックの面倒をティアナさんにお願いしたいのです。もちろん、その分の代金も払います」

「ああ。コウモリ亭の給仕をするつもりか」


 ジーナが知恵をつけたな。ギルド横の酒場のコウモリ亭は看板娘が欠けて3か月ほどになっていた。店の主人だけでは切り盛りできず、今は客数を絞っている。前の給仕がいなくなった事情が事情だけに、求人はしているもののなり手が居なくて困っていたはずだ。


「家賃は銀貨3枚。それとは別にティアナに直接銅貨を6枚払ってやってくれ。食費は実費を貰う」

「分かりました。では今月分を払います。1枚は食費分で」

 ミーシャが銀貨を4枚取り出して俺に渡した。


 俺が怪訝そうな顔をするとジーナがのんびりとした声を出す。

「私が立て替えてあげてるの」

「そういうのは普通は俺への借金を返してからだろ」

「いいじゃない。どうせ。しばらくはパーティ組むんだし」


「引率は1回限りのつもりだぞ」

「そんなのギルド長が許すと思う? わざわざ元騎士まで調達しておいて?」

 その時、表のドアを叩く音がして、その当人の声がする。

「ハリスさん。ちょっと話があるのだけど」


 扉を開けるとキャリーが神妙な顔をして立っていた。

「ちょっと内密に話がしたい……」

 訝しみながらも俺が外に出たところへ割り込んでくるでかい声。

「兄貴。ジョナサンからの伝言です。まだギルド長戻らないそうで、ミーシャさんの件よろしくとのことです。あ、キャリーさん、こんちっす」

 キャリーが眉を逆立ててコンバを睨んだ。あ、こりゃ揉めるな。

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