第36話 ハリス隊

 偽金騒ぎから5日ほどした日、俺はドーラス山のダンジョンに来ていた。

「それじゃ、各自装備の確認を。ジーナ。中に入ったら明かりを頼む」

 俺は周囲に散らばるパーティを見回した。緊張した面持ちのフォルクが両手にはめた籠手の具合を調べている。スナップをきかせて手首を振ると鉄製の爪が4本飛び出した。体の方は毛皮の上に革製の胸甲だけをつけただけの軽装だ。


 シルヴィアはダンジョンの外の壁を使って短弓に弦を張る。矢をつがえずに2・3回空引きした。右手だけ厚手のグローブをはめていて、鎧の類は着ていない。コンバも若いがこの二人は童顔なのでさらに若く見えた。このパーティだと俺が最長老になる。急に年を取った気がした。


「脅すわけじゃないが、生きて外に出てきたかったら俺の指示に従え。第1層にそれほど強敵はいないが、罠もあれば、比較的強いモンスターが出ないとも限らない。それに神官が居ないので治療ができないからな」

 俺の指示にフォルクとシルヴィアは真剣に耳を傾けていた。キャリーも分かったというようになげやりではあるが手を挙げる。


 コンバ、キャリー、フォルクを前に階段を下りていく。すぐに冷気がまとわりついた。

「さむっ」

 フォルクが体を震わせる。まあ、あの恰好じゃな。露出する部分には油を塗っているので動きに支障が出るほどは寒くないはずだ。俺は慣れたのか全く寒くない。


 階段を降り切ったところの通路を右に行くように指示を出す。左に行けば第2層への階段があるが、今日はもちろん下にいくつもりはない。戦力的には前回とそれほど変わらないが危険を冒す理由がなかった。通路のこちらを選んだのには他にも理由がある。俺の耳は奥の方で微かな音がするのをとらえていた。


「100歩ほど先に何かいる」

 俺が告げるとジーナの杖の上方に浮いていた光球の光量が増す。やがて光の届く範囲の外から現れたのは短い足に醜悪な顔のゴブリンだった。全部で5体。初陣には手ごろな相手だ。同じような片刃の剣を持って……、いや、後方の1体は杖を持っていた。口がもごもごと動いている。


「気をつけろ。魔法を使うつもりだ!」

 時おりゴブリンの中には生意気にも初歩的な魔法を使う奴がいる。せいぜいレベル1相当までの魔法しか使えないし効果は低いが……。嫌な予感は的中し、俺は軽い眠気を覚えていた。睡眠の魔法だ。


 前衛たちは間合いを詰めていたので、効果範囲に居るのは俺とジーナとシルヴィアだけ。俺は意識を集中して魔法に対抗しようとする。数呼吸の後にぼんやりとした感じが消えた。カタンという音に左脇を見るとシルヴィアがくずおれて地面に横たわっている。反対側のジーナは涼しい顔で杖を掲げて詠唱をしていた。


 戦況を分析する。コンバたちは有利に戦いを進めていた。コンバの戦斧はゴブリンの剣を弾き飛ばして無防備な首をはねとばす。パワーと体格の差を生かしていた。キャリーは相手と打ち合っていたが素早さで優っており、フォルクは両手の鉤爪で相手の剣を受け止めている。となれば、敵の後衛の魔法使いを殺るべきだろう。


 肩からナイフを引き抜くが俺の位置からだとコンバの大きな体が射線を塞いでいた。その間にジーナの詠唱が完了し、杖の先に青く透き通った細い物が形成される。凍てつく細針フローズンニードルの魔法が杖を持ったゴブリンの胸に突き刺さった。


 ゴブリンは体を折り曲げ倒れる。ジーナとでは魔力も魔法抵抗力も比べ物にならなかった。恐らく相手が同じ魔法をジーナに放ってもローブの表面で砕けて終わりだろう。この間にコンバたちは残りの敵の前衛をせん滅していた。前衛たちは緊張を緩める。

「気を抜くな。後衛にとどめを!」


 倒れたゴブリンの杖の先に赤い光が集まりつつあった。俺の声にはっとしたキャリーが歩み寄り、逆手に持った長剣で背中を突き刺す。ぎゃあっという声と共に杖の先端の光が消えた。残りの敵の様子を確認して戻ってきたコンバが兜の中からくぐもった声を出す。


「兄貴。気を抜いてすんませんでした」

「敵を倒したと確信が持てるまでは気を抜くな。まあ、あの魔法が完成していても死人は出なかったと思うがな」

 フォルクは頭を下げ、キャリーも唇を噛みながらも小さく頷いた。


「あ。シルヴィアさん。どうしたんですか?」

 フォルクが小さな叫び声をあげる。

「心配しなくていい。魔法で眠らされただけだ。ジーナ。起こしてやってくれ」

 ジーナは膝をつくとシルヴィアの上半身を起こして顔をぺちぺちと叩く。


「ううん」

 場違いに色っぽい声をだしてシルヴィアが目を覚ます。はっと飛び起きると顔や体についたごみを払った。床に落ちていた短弓を拾い上げる。状況が飲み込めたのだろう。真っ赤になっていた。

「すいません……」


 俺は皆を促して、モンスターの死体のところまで移動する。周囲を警戒するように言ってから金目のものを漁った。残念ながら小銅貨1枚すら持ってない。

「さて、これで初戦は生き残れたわけだ。誰も怪我してないし最初にしちゃ上出来だ。まあ、実入りも無かったがな。何事も経験だ。シルヴィアは魔法を受けた感じを覚えておくといい。次回はもう少しうまく抵抗できるはずだ」


 俺はゴブリンの持っていた杖を指さす。ジーナは首を横に振った。

「魔力感知をするまでもないわ。人には使えないわね。呪われるのがオチよ」

 コンバに合図をすると斧を叩きつけて真っ二つに叩き折る。

「まったく、ついてねえな。せめてこれが金になるかと期待したんだが」


「普段は何かしらの収入があるんです?」

 フォルクが期待をこめた目で俺を見る。

「ああ。銅貨数枚分の収入もないとは相当運が悪いな。誰か不幸の神に魅入られてるのがいるんじゃないか?」

 俺の冗談に皆が笑う。

「さあ。探索を続けよう」

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