第35話 戦いすんで日が暮れて

 若い女性が物凄い目つきで俺のことを睨んでいた。こういうところはボスに似てくるのかもしれない。プラチナブロンドの髪が乱れ、猫類を思わせる目に敵意を漲らせているが、まあまあの顔立ちだった。猿ぐつわを噛まされて、後ろ手に縛られているのに闘志を失っていないのはさすが騎士というところだろう。まあ、他人の家に押し込もうとした時点で泥棒以下に落ちぶれているが。


 サマードが目の前にしゃがみ込むと身を固くする。

「一度しか言わないから良く聞くんだよ。猿ぐつわを外すが、叫んだり、喚いたりは無し。もし、そうしたら、すぐに元に戻す。これは最初で最後のチャンス。いいわね?」


 騎士は睨むのをやめなかったが小さく頷いた。俺が布を外してやると大きく息を吸い込む。布は唾液を吸って重い。俺は布を床に置く。再度はめることになったらゴミやほこりが触れることになるが、俺の口じゃない。


「私に対して、こんなことをして後悔しても知らないわよ?」

「虚勢もそこまで張れたら大したものね」

 サマードは団長の署名入りの紙片をかざす。俺に寄越したのと似ているが、中身は騎士キャリーの任を解くとある。キャリーの顔が蒼白となった。


「そんな……」

「軍の発令書を私が借り受けている意味は分かるな。私とお前の上官、いや元上官と話がついているということだ。さて、キャリー。お前さんには選択肢が2つある。このままシトレ島送りになるか」


 キャリーの頭に内容が染み渡ったころを見計らってサマードは続ける。

「かねてから騎士の堅苦しさを感じていたお前は、冒険者に興味を持って、相談しようとハリスを訪ねた。居留守を使っていると思い込んだお前は裏口の戸を強引に開けようとして以下省略。こういうシナリオもある」


 キャリーはサマードと俺の顔を交互に見ていた。

「何を企んでいるの?」

「なに、弱みに付け込んでるだけよ。ここのギルドの冒険者をそうだね……、3年ほど勤めて貰いましょうか。ほぼ確実に無惨な死を迎えるのに比べたら魅力的ではないかしら?」


 サマードは例の新人育成隊の一環として、有望な剣士をスカウトするつもりだった。ダンジョン第1層とはいえコンバ1人で前衛というのは無理がある。最悪、俺が前に出るにしても、もう1人は前衛が必要になり、それがこのキャリーというわけだった。


「何をさせるつもりだ?」

「当面は、ハリスがリーダーを務めるパーティに参加してもらう。まったくのド素人の冒険者をダンジョンに慣れさせるための探索ね。具体的な中身についてはリーダーの指示に従うことになるわ」


「はっ。いたいけな少女を奴隷にしているシーフに従えと? どんな指示をされるか分かったもんじゃないわ」

「シトレ島の連中よりはマシだと私は思うけどね。男女別に収監されてるはずなのになぜかあそこの女囚には子供ができる話はあなたも知ってるでしょ。まあ、一晩ゆっくり考えなさい」


 サマードは屈めていた身を起こすと俺に合図をする。俺は壁のフックからランプを外した。倉庫の扉を閉めるとサマードは施錠する。ゆるやかにカーブする斜面を登りながらサマードに俺は文句を言った。

「いつ裏切るか分からないのをパーティに入れてダンジョン潜るなんて正気の沙汰じゃないですよ」


「その時はちゃんと仇はとってあげるわ」

 俺の顔を見て、ふふと僅かに笑う。

「冗談よ。大丈夫。あの娘は馬鹿じゃないわ。自分を窮地に陥れたのは誰かちゃんと理解するわよ」

「世の中には逆恨みってのもあるんですがね」


 1階の扉を開けるとティアナ達の笑いさざめく声が聞こえた。

「ずいぶんと楽しそうね。今日のところは帰っていいわ。明日、朝にまた来てちょうだい。何度も悪いけど、騎士団の会計検査官が内密にあなたと話がしたいそうよ」


 カウンター脇の部屋に入ってみると、あの間抜け犬を皆で取り囲んでいるところだった。

「あ、ご主人様。ご用はお済ですか? 今、この子に食事をあげてたところです」

 犬は器に顔を突っ込んで満足そうに肉を食べている。


「帰るぞ」

 不機嫌な声になってしまった。それもこれも、今日1日の疲れとこの犬を不本意ながら飼うことになったゆえ。私たちがなのはこの子のお陰よ、というジーナの正論には逆らえなかった。


 家に帰りつくとあちこちにセットしておいた罠や仕掛けを解除していく。ティアナ達を先に帰らせるわけにはいかなかったのはこれが理由だ。裏庭に荷車を置いてきたコンバを労う。それじゃあと帰ろうとするのを引き留めた。


 4人で食卓を囲む。賑やかな食事になった。

「サイコーに旨いっす。あ、それはお袋にはナイショっすよ。首を引っこ抜かれちまいます。でも、兄貴は幸せ者っすよね。こんな旨いもの毎日食えて」

 コンバはさんざんティアナの料理を褒めちぎっていた。


 コンバが家に帰り、俺は鎧や武器の手入れを始める。左肩の下に空いたナイフの跡は綻びが大きくなっていた。継ぎ皮を当てるにしても部分的に金属で補強するにしても俺の手には余る。ボック親父に頼むことにしよう。そろそろ新しいのにしろと言われそうだ。となるとまた稼がなきゃならんな。


 ベッドのところで考え事をしていると家事を終えて体を拭いたティアナがやってくる。ティアナがイヤリングを仕舞うと俺はランプを消す。ちょっと間をおき背中を向けたまま聞いた。

「俺のことが怖いか?」

 ティアナが息をのむ音がする。


 しばらくして小さな声がした。

「分からないです。昼間のあのときは怖かったです」

「そうか」

 ごそごそと動く気配がして、俺の背中に暖かいものが触れた。


「びっくりしたんだと思います。ご主人様は優しい人だと思っていたから」

「人殺しなんてしないと?」

「はい。でも、おかしいですよね。私が守られているのに。それでご主人様を怖く思うなんて」


 ティアナは背中に強く顔を押し付ける。

「今日は助けてくれてありがとうございました」

 それきり言葉を発しなくなる。どうやら疲れがどっと出たらしい。元々寝つきのいい子だ。俺も背中に呼気の温もりを感じつつ目を閉じて眠りについた。

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