第34話 ギルド長の思惑

 町に戻ってからは目の回るような忙しさだった。門に詰める警備兵に事情を聞かれ、流民を引き渡す。抜き身の長剣も押収された。そのまま俺達も役所に同行させられる。順番に事情聴取されている間に、俺は失血で顔色が相当白くなったらしい。神殿での治療を先に済ませる許可が出て、ふらつく足で神殿に向かう。


 施術中は眠りに落ち、気が付くと治療をしてくれた中年の女性神官と目が合った。慈愛に満ちた表情の神官は慎ましくも何も言わなかったが、ちらちらと俺の肌着のちょっと歪んだ名前の縫い取りに目をやっている。俺は礼を言うとそそくさとレザーアーマーを身につけた。血の汚れがひどかったが贅沢は言っていられない。


 警備隊の詰め所に戻って山中の出来事を説明する。相手が流民と言うこともあり、淡々と終わった。やっと家に帰れると役所を出たところでジョナサンが声をかける。ギルド長が呼んでいると言うことだった。もう勘弁して欲しかったが、相手が相手だけに皆で向かった。


 カウンター脇の部屋に通された3人と1匹がお茶などの供応を受けている間に俺は2階のギルド長の部屋に向かう。ノックをして入るとサマードがソファに座るよう手で示した。

「たった1日で随分とやつれたわね?」

「気が緩んでたんでしょう。少々痛い目にあいましたよ」

「流民が増えているというのは問題ね。その件で依頼が来るかもしれないわ。まあ、その話は日を改めてにしましょう。そうそう、私ものよ。誰かさんのせいでね」


 サマードは紙を手にしてやってくる。俺の膝の上にぽんと置いた。取り調べの結果ノルン在住の斥候兵ハリスは偽金貨の使用に無関係であることが判明した、と書いてある。右下にはガブエイラ・マルクの署名があり家紋の印章が押してあった。

「これであなたも安心でしょ?」


 俺は両手で顔をこする。

「この件はね。ただ、騎士団長の機嫌を本格的に損ねたと思うと意趣返しが怖いと思う気持ちしか沸いてこないですよ」

「あら? 意外ね」


「こっちはしがないシーフですよ。それこそ留守中に偽金貨を仕掛けられて見つけられたら厳罰待ったなし。それにそんな手間をかけなくても、家探しのついでに持ち込んだ偽金貨をすればいいんですから」

「その点は騎士団長が発した先ほどの文書があなたの盾になるでしょう」


「この紙切れが?」

「そうよ。少なくとも偽金貨に関してはあなたを強力に守るでしょうね。もし、あなたが偽金使いだったとしたら、それを見抜けなかった荒鷲騎士団は間抜けと言うことになる。つまり、王国の威信の問題になるのよ」


「へえ」

 思わず顔が緩む。

「まあ、あまり過信はしないで欲しいわね。完全な免罪符と言うわけではないのだから。それに私の信頼を裏切ったら、ただでは済まないわよ」

「……了解。それにしても騎士団長個人の感情というものもあるでしょう?」


「まあ、マルク団長も今の地位にそう長くはないでしょうね」

「どういうことです?」

「そのままの意味よ」

「意味が分かりませんね。まさか部下に命じて俺の家に偽金貨を仕掛けさせようとしたと認めたわけじゃないでしょう?」


「そりゃそうよ。一騎士が勝手にあなたの家に侵入しようとして罠にかかり、身動きできないところを私に確保されたというのが表向きの話よ」

「それじゃあ大きな問題にはなら……」

「なるわよ。いえ、するわ。彼は強引にやりすぎたの」


 サマードはゆっくりと俺に言い聞かせるように話す。

「冒険者ギルドをなめていた。ギルドの関係者から縄付きを出そうというなら、事前に私と協議が必要よ。それをしなかった。そういう礼儀知らずは長く地位に留まれないものよ」

「なるほど」


 俺は疲れた頭をフル稼働させる。このセリフはサマードがかなりの発言力を持つ荒鷲騎士団長よりもその筋により強く影響力を行使できるということだった。一介のギルドの支部長の権限としては考えられない。それをなぜ俺が分かる形で漏らすのか? 疑問は尽きなかったが沈黙を保った。


 サマードは満足そうに俺を見る。

「どうして? って顔をしてるわね。今のところは、ティアナを気に入った。そういうことにしておきましょう」

 俺は喉元に胃液が逆流してくるような感覚にとらわれる。勘弁してくれ。しがないシーフはギルド長としのぎを削るには力不足だ。俺は喉の渇きを覚え酒が飲みたいと心の底から思った。


「さて、残りは見捨てられた哀れな騎士の処遇ね」

「マルク団長は?」

「一切関与する気がないみたい」

「それはお気の毒に。それで、どういう処分になるんです?」


「それをあなたと相談したいと思ってたの」

「俺に?」

「あなたが被害者なのだから、あなたの意向次第で罪はかなり変わってくるわね。このままだと、住居侵入、器物損壊、公有財産の横領で、最低でもシトレ島流しは堅いでしょう」

 

 シトレ島は、王国の北の海に浮かぶ孤島だ。そこそこの面積はあるが、周囲は断崖絶壁で激しい潮流が渦巻いている。島全体が犯罪者を収監する牢獄になっていた。元騎士が放り込まれるには過酷な場所だ。身分がバレたら、残念ながら2度と本土の土を踏むことはないだろう。


「まあ、公有財産の横領ってのは例の偽金貨を持ちだしたことなんだけど、それは無しってことでマルクと話がついているの。ゾーイ達が所持していたのは過失だったということで軽微な処分にする代わりにその点については目をつぶるってことになってるわ。本人には教えないけどね」


 俺は渋い顔をする。

「罪を擦り付けられそうになった立場としては納得いかないでしょうけど、それは我慢してもらいます。まあ、あなたも全く清廉潔白ってわけじゃないでしょうし、いいわよね?」


「まあ、決まったことなら。俺が異を唱えても仕方ない」

「理解が早くて助かるわ。マルクの仕掛けを先読みすることといい、黙っておくべきときに黙っていられる。頭のいいシーフは厄介というのは本当ね」

 老獪なギルド長はもっと厄介だぜ、というせりふを俺は喉の奥に押し込み、捕らえた騎士に会いに地下へ向かった。

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