第33話 人とモンスター

 俺の目の前に白いものが沸き上がる。キラキラ輝く雪片が吹き荒れて男たちの顔を襲った。一定の空間に吹雪が渦巻き視界を奪う魔法ブリザード。目を開けていられないし、服に覆われていない部分がひどくかじかむ。体に深刻なダメージを与えはしないが、複数人をまとめて捕捉できる魔法だ。


 ジーナの使う魔法は相変わらず地味だが、この状況下での選択肢としては最適だった。俺への攻撃を防止し、コンバが駆け付けるまでの時間稼ぎができる。俺は体をひねってバカ犬を見た。非常事態なので犬には悪いが場合によっては首を落とすつもりだった。しかし、不意に足の拘束が外れる。


 ティアナが顔面蒼白になりながらも犬の首回りを手でわしわしと撫でていた。間抜け面が更に笑み崩れる。目の上の毛が垂れ下がって幸せの極致といった表情をしていた。とりあえず脱出できたので、流民に向き直る。局地的な猛烈な吹雪は収まって、男たちが顔についた雪片を払いのけようとしているところだった。


 息を切らしながらコンバがやってくる。背中に担いでいたラウンドシールドを外して戦斧と共に身構えた。コンバの方が強敵だと判断したのだろう。4人がコンバに向かい、1人が俺への抑えとして残る。こいつはなかなかの手練れだった。武器も兵士が持つような正規の長剣を使っている。


 俺はナイフが刺さったままだったし、武器のリーチも相手の方が長い。完全に1対1だと危なかったかもしれない。俺を圧倒しつつあったその男の体を氷でできた細長い針が貫く。肘まで覆う籠手でもつけていれば大したダメージではなかっただろう。あいにくとむき出しの利き腕を押さえて男は動きが止まった。


 俺は剣を水平に構えたまま体全体でぶつかる。ずぶり。刃が肉に食い込む感触が伝わり、肋骨の間を抜けて男の胸を串刺しにしていた。男はかはっと血を吐き、俺の鎧を血で彩る。そのままゆっくりと男は後ろに倒れた。俺は胴を踏みつけて剣を引き抜く。まだ戦いは終わってない。


 コンバの方を見ると流民は2人までに減っていた。頭をかち割られたのと、体が上下に離れ離れになった死体が転がっている。生き残った奴らもコンバを攻撃するというよりは切られないようにするので精いっぱいという感じ。俺がそいつらの背後に陣取ると武器を捨てて両手を上げた。

「降参する。助けてくれ」


 俺は構わず剣を構える。あいにくと俺の虫の居所が悪かった。こいつらに対する怒りに加え、俺の認識が甘くて、ティアナとジーナを危険にさらしたことで自分に腹を立てていたこともある。男たちは俺の殺意に気づいて顔色を変えた。

「ま、まて。まってくれ」


「ご、ご主人様」

 構わず剣を振るおうとした俺を止める声が響く。目の端でティアナを見るとふるふると首を横に動かしていた。

「なぜ止める?」


 歯の根が合わないのか、ティアナはそれ以上声が出ず首を横に振るばかりだった。

「降参した相手を切るのは感心しないわね。たとえ、こんな連中でも」

 ジーナが代わりに口にする。

「それに、ティアナが可哀そうよ。こんなに怯えてる。私もあなたがちょっと怖いわ」


「こいつら生かしておいたら次は……」

「何も逃がせとは言ってないわよ。縛って町に連れて帰って警備隊に引き渡すの。そして、裁きは執政官に任せればいいわ。何もあなたが手を汚さなくてもいいと思うの」


 俺は歯の隙間から息を吐き出す。

「何を寝ぼけたことを。俺が間に合わなかったら、どんな目にあわされていたと思っている? こんな奴らに情けは不要だ」

「そうじゃないの。武器を捨てた相手を切るのは単なる人殺しよ。私はそんな姿を見たくないし、見せたくないだけ」


 俺は深呼吸をしてティアナを見る。犬に抱きつき震えていた。

「分かった。ひもをくれ」

 俺はティアナとジーナをつなげていたひもを受け取る。

「腹ばいになれ。変な動きをしたら、即刺す」


 1人ずつ腕を後ろに回してひもでしっかりと縛り、足も肩幅以上は広がらないようにする。さらに輪を作って首にかけると二人をつないだ。

「コンバ。助かったぜ」

「兄貴。よしてください。着くのが遅れちまってすいません」

 俺はコンバのチェインメイルの肩を力強く叩く。


「兄貴。ナイフが刺さったままじゃないすか」

「荷物を放り出してきたからな。取りに戻ってから止血する」

「それじゃ、戻りましょう」

 コンバは虜囚に怒鳴る。

「ほら。さっさと歩け」


 俺はジーナとティアナの側に行く。ジーナは投げ捨てていた籠やキノコを拾い集め終わっていた。

「ジーナ。さっきの魔法助かったよ。それじゃ、戻ろうか。ティアナ」

 俺はできるだけ優しい声を出す。


 ティアナの目にはまだ脅えがあった。やっぱり目の前であっさりと人を殺した男が怖いのだろう。人を殺すのとモンスターを殺すのは違う。一般人にとってはそうなのだ。俺はその辺りの感覚が麻痺していた。どちらも排除すべき敵には違いない。不必要な殺戮をするほど血に飢えてもいないが、同胞の血を流すことにためらいも無かった。


 ジーナに手を取られて、ティアナが歩き始める。まだ膝が震えていた。二人を先に行かせると俺は長剣を拾い上げて倒れている男たちにとどめを刺して回る。ついでに手斧とナイフを回収し懐を探ったが、銅貨が数枚出てきただけだった。他の武器は売り物になりそうも無かったが、長剣だけは違ったのでそのまま持っていく。


 荷車まで戻ると清潔な布を取り出す。レザーアーマーのバックルを緩めるとナイフを引き抜いて流れ出す血を布で押さえた。そこそこ深いが内臓までは傷ついてはいなそうだ。ほっとして周囲を見渡し違和感に気が付く。あのアホ犬がティアナにしっかりとくっついていた。

「おい。まさかと思うがその犬を連れて帰ろうってんじゃないだろうな?」

 そのまさかだった。

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