第32話 流民

「ご主人様。早く早く」

 ティアナが元気一杯はしゃいでいた。昨夜遅くに食事をして後片付けをし、さらに早起きして2食分のお弁当も作ったというのに疲れはみじんも見えない。尋問で痛めつけられた精神的苦痛と睡眠不足で弱っている俺とは大違いだ。


 裏庭の物置から引っ張り出した荷車を一旦通りに置く。くまなく戸締りを確認してから出発した。俺はフル装備、ジーナも古代文字を彫り込んだ杖を携行している。町を出る門のところでコンバが待っていた。

「姐さん。お嬢ちゃん。兄貴の弟子のコンバです。お見知りおきを。あ、姐さんはご存じっすね。兄貴、荷車引くの替わりますよ」


 あまり手入れしておらずガタピシと車輪の回りの悪さに閉口していたところだったので喜んで交代する。いやあ、楽になった。ドーラス山を巡る杣道をたどる。標高の高いところはかなり木々が色づいていた。ダンジョンがある方向ではないので、俺も普段はこちら側にあまり来ない。


 今までは一人暮らしだったので、その辺に落ちている枯れ枝でしのいでいたが、3人で暮らすとなると薪の量が足りない。煮炊きに湯あみと相当量を使っている。山に入って集めるのは初めてだった。思ったよりも早く手ごろな場所に到着する。効率を考えて俺とコンバで薪集め、ティアナとジーナでキノコ採りというように2組に分かれることにした。


 お弁当の朝食をたべ、物置から持ってきた長いひもを取り出す。片一方の端をティアナの腰回りに輪にして結び、もう片方をジーナの手首に結んだ。

「ええと、ご主人さま?」

「迷子になったら大変だからな。ジーナから一定の距離以上は離れられないようにさせてもらう」


 ティアナは情けなさそうな顔をして、外して欲しいと訴えたが、俺は聞き入れなかった。

「まるで犬みたいです……」

 そうやってしょんぼりとする姿はまさに子犬のよう。それでもジーナに連れられて探し始めるとキノコ採りに夢中になっていた。


 コンバは戦斧を取り出すと手際よく枝を払っていく。最初のうちは俺も手斧で手伝おうとしたが、途中からは落ちた枝を拾って、適当な長さに切る役割に専念した。大人の脚ほどもある太さの枝もコンバにかかれば数撃で落ちる。昼前までには荷車いっぱいに薪が積みあがっていた。


 さらに残った薪をロープで束ねると背負えるように組み上げていく。

「たいしたもんだな」

「ええ。慣れてますんで。ところで、兄貴。ちょっと聞いていいですか?」

「なんだ?」

「兄貴は姐さんといい仲になったんすよね? あっちの子はなんなんですか?」

「なんだそりゃあ? 全然違うぞ。ジーナは単に部屋を借りていて、ティアナは俺の雇人だ」


 コンバは額の汗をぬぐう。

「へえ、そうなんすか。でも、べっぴんさん2人と同じ屋根の下とか羨ましいです」

「そういうのじゃねえって言ってんだろ。それにジーナは美人って感じでもないだろ」

「知的で冷たい感じなのに、あんな体つきってのがたまらないっす。あ、兄貴に隠れて抜け駆けとかしないんで安心して……」


「ハリス!」

 その時、ジーナの切迫した声が響いた。最後に後姿を見た時は、確かあっちの方に向かったと思うが、木々に反射して正確な方向が分からない。少し離れすぎたようだ。


「兄貴。こっちっす」

 コンバが走り出す。信じていいのか?

「ハリス!」

 再び緊迫した声が聞こえる。確かにコンバが向かっている方向だ。俺は後を追いかけて走り出した。すぐにコンバを追い抜く。


 枯れ葉を蹴散らすように斜面を駆け上る。木々の間からティアナの前にはかばうようにしてジーナが杖を構えているのが見えた。大きな岩を背にした2人を取り囲むように薄汚い風体の連中が7・8人ほどで立っている。手には鉈や棒の先にナイフを括り付けたものなどを持っていた。何らかの事情で故郷を捨てて放浪する流民たちに違いない。


 失うものがないので、面倒な連中だった。山に潜み自分たちが勝てる相手にだけ姿を現し身ぐるみ剥ぐ。女の場合はそれだけじゃすまない。はっきりとは分からないが、数年に一度、山に入って帰ってこない者が出ている。最近は警備隊の数が減り巡回がおろそかになったのに伴い、この辺をねぐらにし始めたのだろう。


 走り寄る地面に胸から血を流して倒れている男がいた。1人はやったということか。まさかこれだけの集団がいたとは……。2・3人ならジーナでも対処できたのだろうが、9人は多すぎる。しかし、これだけの人数相手なら、とっくに組み敷かれていてもおかしくないのにどういうことだ?


「死ねええ!」

 怒りが口からあふれ出る。取り囲んでいたうちの1人に向かって走りながら手斧を投げた。不幸なそいつの胸元に刺さる。同時に両肩からナイフを引き抜いて投擲した。銀色の光芒が宙を走り、2人の喉に吸い込まれる。ショートソードを引っこ抜くと相手の武器を払いながら、3人が倒れた隙間を駆け抜けた。


 今までは見えなかったが、そこにでっかい間抜け面の白い犬がいるのに気がつく。はっきり言ってティアナよりもでかい。なに食ってりゃこんなにでかくなるんだか。間抜け面だが牙をむき出していた。あまり迫力は無いが、体が大きいのでティアナとジーナへの壁となっている。


 その手前でくるりと向きを変えると生き残った流民に向き直る。仲間が死んで逃げ出すかと思ったが、むしろ復讐心が燃え上がったようだ。俺に憎しみの視線を向けながら包囲するように動く。先ほどまではお楽しみのつもりで本気を出してはいなかったらしい。さすがに5人同時に相手をするのは厳しかった。


 鉈で払ってくるのをショートソードで受け、切り返そうとすると横から手製の槍が突き出されてくる。のけぞってかわしたところに、ナイフが飛んできた。間に合わないので鎧で受ける。チクリと痛んだが致命傷ではない。下がろうとすると柔らかいものを踏みつけ、とたんにブーツに鋭い物が突き立つのを感じた。


 振り返ると犬が俺の足に噛みついている。男たちがゲラゲラ笑い俺に向かって武器を構えなおした。俺は足をくわえられ身動きができそうにない。この状態で5本の武器を叩き落とすのは至難の業だ。男たちの向こうにコンバの体が見えるが間に合いそうも無かった。

 

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