第31話 釈放
コカトリスなみの一瞥を残して荒鷲騎士団のガブエイラ・マルク団長は足音高く部屋を出ていった。騎士たちもその後ろに続く。今を時めく騎士団長が気を悪くしたかもしれないがやむを得ないだろう。あいつの出世の為にやってもいない偽金使いを自白して牢屋暮らしはまっぴらごめんだ。もっとも完全に無実の罪というわけでもないのだが。
騎士団だけだったなら俺の体をボコボコにして自白を引き出すつもりだったかもしれない。部下の役人がささやいていたランサー執政官と、少なくとも今は俺を手放したくないギルド長サマードが渋い顔をして同席していた。結果、マッチョなおっさんがすぐ近くまできて唾を飛ばしながらさんざん恫喝するのが限界だった。どうせ罵倒されるなら怜悧な顔で机に座ってる女騎士の方が良かったがそれは贅沢というものだろう。
それでも尋問は長時間に及び、内心うんざりしていたら、優しい顔立ちの若い男が書類の束を抱えて部屋に入ってきた。少々線が細いが女受けしそうな顔をしている。マルク団長に何やら耳打ちをした。秀麗な顔の額にしわを寄せて、マルク団長は若い男を睨む。男は臆することなく更に言葉を続け、その結果として、めでたく俺は無罪放免となった。
ランサー執政官と役人はあくびを噛み殺しながら出て行き、部屋にはギルド長サマードと俺だけが残される。積極的に俺を擁護してくれたわけではないが、サマードが気のない態度を取り続けてくれたお陰で相当雰囲気が緩和された。一応感謝を述べ、ついでにティアナへお菓子を貰ったことの礼を言う。
「私一人では食べきれないだけのこと。菓子ばかり食べていては無駄に肉がついてしまうわ」
そうは言うが、サマードはがっちりとしてはいても、贅肉のかけらもない体をしている。本当に50過ぎかよ?
「それにあの子はいい子だからね。もし孫を持つならあんな子がいいわ」
「そりゃどうも」
世間話をしながらさりげなくサマードは俺に近づいてくる。部屋の入口に視線を走らせると独り言を言うように呟いた。
「あの子を悲しませないためにも、今後は偽金とか危ない物には手を出さないことね」
「今後もでは?」
俺の返事を鼻で笑う。
「今回偽金貨を所持していたとされているゾーイと叔父のムーアの二人だけど、あなたから貸家の売買の手付として受け取ったというのは嘘でしょうね。でも、あなたが関わってるのは間違いないわ。私はあのこと知ってるのよ」
なんだよ。
「まあ、いいでしょう。ハリスさん。あなたが最近ギルドの為に尽くしてくれているのも事実。これ以上は追及しないでおきましょう」
「多少は評価して貰えているということで、もう一つ甘えてもいいですか?」
眉を上げるギルド長に俺はちょっとした頼みごとをする。
「この老体に骨折りさせようってのね?」
「まだまだ若いでしょうに。それに、ギルド長にしか頼めないんですよ」
「いいでしょう。その信頼には応えることにします」
手を差し出してくるので握ったら、物凄い馬鹿力でぎゅうぎゅうやられた。一瞬だったのにしばらく痛みが続く。とんでもねえ女だった。
冒険者ギルドのところまで、ギルド長のお供をする。ここまでは安心だ。迎えに出たジョナサンにコンバへの伝言を頼み家路を急ぐ。さすがに闇討ちは無いと思うが、周囲の気配を探った。雲が出ているので大通りを外れるとほとんど闇の中だが、むしろその方が都合がいい。騎士団の連中に俺ほど夜目がきく奴がいるとも思えなかった。
無事に家にたどり着き、しっかりと施錠をして振り返ると、部屋の隅でティアナが立ちあがっていた。たたたっと走ってくると体当たりをするように飛びついてくる。そのまましっかりと俺に抱きついてきた。しばらくその姿勢でいたが、ぱっと飛びのく。
「し、失礼しました」
少し鼻声のティアナが頭を下げた。顔があったあたりの俺の胸元を触ると少し濡れている。
「すぐお夕食をお出しします」
顔を伏せたまま、来た時と同じようにつむじ風のように台所に去っていった。
「あら。無事に帰れて良かったわ」
ジーナが自室から顔を出す。
「ああ。くっそ長い尋問だったがなんとかな」
「おまじないのお陰ね。まあ、これでやっと夕食にありつけるわ。あまり遅い時間に食事をすると胃が重たくなるのだけど」
「ん? まだ食べてないのか?」
「ティアナがあなたの帰りを待つと言うのだもの。私一人で食べるわけにもいかないでしょ」
テーブルにティアナが3人分の夕食が並べていく。
「長く火を入れすぎたので、お肉が全部溶けてしまいました。すいません」
ティアナが恐縮する。俺は匙ですくって口に運んだ。唇をすぼめてふうふうやって口に入れる。熱いが肉の旨味がしみだしていてなんとも言えない味わいだった。
「味は変わらないよ。疲れてるから、むしろ、あまり咀嚼しないで済むのがうれしいかも」
「そうですか?」
「ああ。それよりも俺のことは気にせず先に食べてれば良かったのに」
「心配で食事どころじゃなかったです」
「そうか……」
俺はシチューをお替りし、皿に残ったソースもパンで拭って食べる。
「皿洗いの必要がなさそうね」
俺の皿を指さしたジーナが笑いながら言った。
「直接舐めたいぐらいだ。それぐらい旨い」
「本当ですか?」
ティアナがいつもの調子を取り戻す。
「ああ。いつもに増して旨い。旅の間ティアナの料理が食べられなかったからかもしれないな」
俺は久しぶりの味を心底楽しんでいた。ついつい葡萄酒の杯も進む。
尋問が終わってみれば何ということはなかったが、それは結果論だ。一つ歯車が狂っていたら、今頃は役所の地下にある牢の中で血まみれで横たわっていた可能性だってあるのだ。こうやって平穏に食卓を囲めていることを神に感謝する。笑みが戻ったティアナの顔を眺めて、また葡萄酒の杯をあおった。
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