第30話 連行
この町の執政官ジェラルド・ランサーは規則が服を着て歩いているような人物だが、それだけに簡単に住民を拘引することはない。もっとも直接会話をする機会はないので実際の人となりは知らないが、少なくとも今まではそういう話は無かった。となると、この高圧的な態度は騎士団側の意向ということになる。前を行く騎士のマントの紋章を見ると、大きな鳥が羽ばたく姿が赤く染め抜いてあった。
荒鷲騎士団か。あそこの団長はある意味有名人だ。まずいな。剣の腕も頭もいいので、順調に出世の階段を登っているが、とかく手柄を立てるのに熱心らしい。あくまで噂だが成果をあげるためには部下を危険にさらすことも厭わないのだそうだ。となると、でっち上げぐらいは平気でやりそうだ。
こんな時間に不意に連れ出された人間なら普通は示すだろう不快感が感じられる態度を演じているが、少しは和らげた方がいいかもしれない。ただ、あまり協力的な顔をするのも良し悪しだ。何か後ろめたいことがあるのではないかと勘繰られても面倒だった。
しかし、ティアナの行動には驚いた。昼間に言っていたように、おまじない以上の意味はないのだろう。まだ額に柔らかな感触が残っているような気がする。しかつめらしい顔をする左右の騎士たちだったが、その目に表れる感情は明らかだった。まったくもってけしからん。両者は必要以上に強く俺の両腕をつかんでいる。役所までの道のりを歩きながら、俺は冷静な思考ができるように深く深呼吸をした。
もう暗くなっていたが、王都には及ばないものの、メインストリートにはランプが淡い光を放っている。羽虫がその周囲に群れて飛んでいた。道行く数少ない通行人が俺に不審の視線を向ける。
「ちょいと。ハリスさんどうしたんだい?」
食料品店の前だった。店の中の明かりを背におかみさんが腕を組んでいる。
先導する役人が足を止める。
「いや。ちょっと役所で話を聞こうとね」
普段から買い物の際に色々とおまけをしてもらっている立場なので、おかみさんにぺらぺらとしゃべった。
「偽金貨を使ったという疑いがかかっているんだ」
「おい。いくぞ」
騎士たちからイライラした声がかかり、再び歩き始める。おかみさんの声が後ろから追いかけてきた。
「そりゃ、何かの間違いってもんさ。そんな御大層な金貨なんか持ってたら、その飲んだくれ、うちの店の酒を買い占めてるだろうからね。うちの店で金貨を見せたことなんてないよ」
通りに響き渡るでかい声。俺のことを飲んだくれとけなしているようだが、遠回しに俺が偽金貨を使うはずがないと言っている。俺は首だけ捻じ曲げて振り返った。腕を組んでこちらを見ているおかみさんの表情は分からない。俺のことはどうでもいいが、ティアナが心配せずに済むようにとの配慮といったところか。
食料品店のおかみさんは、心根が優しく、面倒見がいいことから、この町で人望が高い。人のちょっとした悪いところを見ても、良いところをすぐに思い出せる人格者だ。それでも、ただ甘いだけでなく、人の道に外れたことをすれば容赦ない。世話になった人も多く、おかみさんの声は声量以上に大きな意味を持っていた。
町の役所は壮麗さはないが頑丈な作りだ。1階は警備兵の詰め所になっている。階段を登って2階に上がり広い部屋に通された。椅子が一つ置いてあり、その3方を取り囲むように机が並んでいる。椅子に座って待つように言われた。遠慮せずにどかりと腰を下ろす。
さて、この呼び出しはどういうことだろうか。道々考えてきたものを整理する。一つは証拠があがらなくて、一番臭い俺を犯人に仕立て上げたということが考えられた。俺としては、本当はデニスが適任なんだが、今は町にいないので次点の俺が選ばれたと思いたい。
二つ目は、ゾーイ達が偽金貨を持っているのを見つけられ、何らかの理由をつけて俺から入手したと言い張っているパターンか。俺のところが家探しを受けていないことからすると、こっちの方の確率が高い。それなら、まだ対応が可能だ。家探しするふりをしてその時に持ち込んだ偽金貨を仕掛けられたりしたら、手の打ちようがなかったはずだ。
俺から向かって右の壁にある別の扉が開いて、ぞろぞろと人が入って来る。ランサー執政官とその部下の役人、揃いの格好をした騎士たちに続いて、ギルド長アーシェラ・サマードの緩くウェーブした白髪が現れる。もう50歳を過ぎているという話だが、なかなかに元気がいいレディだ。若い頃はウォーハンマーを振り回していたらしく、今でも確実に騎士の一人や二人は相手ができそうな体つきだった。
俺のような不真面目なギルド員には笑顔を見せたことはなく、いつも澄ました顔をしている。ただ、子供には謎の人気があり、町のガキどもにせがまれて広場で話をしてやっているところを度々見かけていた。冒険者である俺はサマードの管理下にあることになる。最近は真面目に仕事を受けているので多少なりとも心象が良くなっていてほしい。
俺への尋問が始まって、すぐにこの場の主導権は騎士団にあることが分かった。ランサー執政官もギルド長サマードもほとんど口をきかない。事務的なやりとりが終わると一人の騎士が権高に切り出した。
「お前、偽金貨10枚を使用したな?」
「いや、まったく身に覚えが無いですね」
騎士が激高して立ち上がる。
「嘘をつくな! お前が使ったという証言もあるんだぞ。早く罪を認めないと刑が増々重くなるんだ。絞首台から跳ぶ羽目になるぞ」
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