第29話 キノコ採りの計画

 ♡♡♡


「ご主人様。夕飯はお肉と魚どちらがいいですか?」

「うーん。どちらでもいいな」

 できればどちらか決めて欲しいのだけれど仕方ない。

「そうですか。じゃあ、お肉にしましょう。シチューでいいですか?」

「ああ。それは楽しみだ」


 お店に入ると私はおかみさんと話を始めた。その間にご主人様は酒の棚を見ている。おかみさんに奥からお勧めのお肉を出してもらっているとご主人様が葡萄酒を持って近づいてきた。ご主人様が代金を払ってお店を出る。

「ご主人様とこうやって買い物をするのも久しぶりですね」

「ああそうだな」


 家へと歩く道すがら、空を見上げると高いところに浮かぶ雲が茜色に染まっていた。ゆっくりと上り坂を歩いていくだけなのに私の心が浮きたつ。

「そろそろ冬支度をしないといけないなあ。薪集めもしておかないと、だいぶ残りも少なくなってるだろ?」

 どうやって切り出そうか悩んでいたら、向こうからこの話題になった。


「そうですね。場所を教えて頂ければ取りに行きます」

 そっと様子を伺うと、ご主人様が渋い顔をしていた。

「私なにか変なことを言いました?」

「町の外は流民がうろついてることがあるし、狼がでることもあるからな。お前じゃ危ないから、俺が取りに行ってくるよ」


「いえ。ご主人様だけに働かせるわけにはいきません。私も一緒について行っていいですか?」

「どうかなあ」

「お姉ちゃんも誘って、薪集めのついでにキノコも採りたいです」


「キノコがどうした?」

「この間朝食にお出ししたキノコなんですけど、ドーラス山をちょっと登ったところで採れるそうなんです。もう、そろそろ時期的にいいんじゃないかって、お姉ちゃんが言ってました」


「お前、どっちかというとキノコ採りの方がメインだな?」

 ご主人様が苦笑する。苦笑でも笑顔は笑顔。

「ち、違います。あくまでついでです」

 私は真面目な表情をとりつくろうが、キノコの味を思い出して口の端が緩みそうになった。


「まあ、いいだろう」

「ありがとうございます」

「夢中になって迷子になるなよ」

「大丈夫です。そこまで子供じゃありません」


「いや、そういう採取はついつい集中しているうちに、気がついたらどこにいるのか分からなくなることがあるんだ」

「ご主人様でも?」

「ああ。まだ駆け出しの頃だけどな」

「意外です。ご主人様が家に帰れなくて困ってる姿は……」

 ご主人様がむすっとしながら立ち尽くす姿を想像して笑いそうになった。慌てて下を向く。


 家に戻るとまずお姉ちゃんのところに報告に行った。良かったわね、と言われる。それから、料理の支度をはじめた。ご主人様は少しやつれた感じがするのでしっかり食べてもらわなくてはならない。材料を鍋に入れてしばらくすると、表の扉を激しく叩く音がする。台所の入口まで行ってみた。

「役所の者だ。扉を開けろ」


 この位置からだと良く見えないが、数人が立っている様子だ。

「ハリスだな。役所まで同行願おう」

 有無を言わさぬ口調で告げている。ご主人様はあごの辺りを撫でながら迷惑そうな声を出した。

「これから夕食なんだが、明日じゃだめなのか?」


 字を習いながらお姉ちゃんにいろんなことを教えてもらった。ここノルンの町は国王様のカンディール4世が直接治めているので、国のいろいろな決まりごとがちゃんと守られている。貴族様の治める町と比べればあまり理不尽な取り扱いをされることはないそうだ。王様はなるべくみんなを同じように扱うように努力しているらしい。えこひいきしないようにする立派な国王だとお姉ちゃんは言っていた。


 王様の命令でノルンを治めるジェラルドさんは規則大好きな人らしい。ギルドのマスターは気さくな人だったけど、ジェラルドさんはどんな顔をしているのだろう? やっぱり、いつも真面目な顔をしているのだろうか?

「どういう用件か聞かせてもらえますか?」

 ご主人様は不機嫌そうだ。


「お前には偽金を使った疑いがかかっている」

「冗談じゃないぜ。俺がそんなことをするわけないだろう」

「話は役所で聞こう。さあ、行こうか」

 外にいる人がご主人様の腕に手をかけた。連れて行かれちゃう!


「ご主人様!」

 私は思わず声が出てしまった。

「心配するな。すぐに戻ってくる。鍋を焦がすなよ」

 ご主人様は明るい声を出していた。でも、私は嫌な予感がする。


 台所とご主人様を交互に見る。大丈夫。まだ焦げないはず。鍋をかき混ぜる大きな匙を持ったままご主人様の方に駆け寄った。夢中でお願いする。

「ご主人様。ちょっと屈んでください」

「どうした?」

「お願い。少しだけ背を低くしてください」


 ご主人様は首をかしげながらもちょっと前かがみになってくれた。よし。険しい顔をしている外の人たちは気にしない。匙を持っていない方の手をご主人様の腕にかけて背伸びをした。お母さんがやっていたのを思い出して、額に唇を押し付ける。無事にすぐ戻ってこられますように。顔を離すとご主人様と目が合った。


「シチューを用意してお帰りを待ってます」

 顔がくしゃりとしそうになる。くるりと後ろを向くと台所に駆け込んだ。匙を鍋に入れてぐるぐるかき混ぜる。くぐもった声が聞こえた。

「それじゃあ、仕方ないので同行しますよ。なるべく早く済ませてもらえると助かるんですがね」


 扉がバタンと閉まる音が響く。ご主人様はどうして連れていかれたのかしら? あんな優しいご主人様が疑われるなんて何かの間違いだ。確かに目つきが鋭いし、いつも口元は不機嫌そうに引き結んでいるし、右眉のところにちょっと傷もある。口のきき方もぶっきらぼうなことがあるけれど。でもいい人だ。


 振り返るとお姉ちゃんが台所の入り口に立っていた。蒼白な顔をしている。

「ご主人様は大丈夫だよね?」

 唇を噛みしめているお姉ちゃんを見ていると不安がどんどん大きくなっていった。

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