第37話 罠
「止まれ!」
俺の声でパーティは足を止める。コンバの横をすり抜けるようにして前に出ると俺はしゃがみ込んだ。
「明かりを頼む」
ジーナが杖を差し出すのに合わせて、俺は姿勢を低くするように言った。
「これで少しは分かりやすくなったかな。ここのラインを見てみろ。こちら側には土くれや砂がないだろ」
皆はしばらく無言だったが、最初にシルヴィアが声を上げた。
「はい。リーダーの言う通り、ここと、あっちも無いですね」
しばらくすると口々に賛同の声が上がる。
「そうだ。この通路の真ん中の部分の両側は落とし穴になっている。俺が最初に渡るから位置をよく見ておけ。幅はそこそこあるから気をつければ問題ない」
俺は通路の真ん中を通り抜ける。歩数にして6歩ほどを進むと振り返った。次々に細い安全地帯を渡って全員が無事にこちら側に来る。
「兄貴。あれ踏み外すとどうなるんですか? 下に刃物が埋まってるとか?」
「その方が楽でいいかもな」
「脅さないでくださいよ。それで?」
「第3層まで落ちることになる。途中から斜めになっているから落下の衝撃はそれほどでもないはずだが、圧倒的に強いモンスターとご対面ってわけだ。ご丁寧に第2層への階段から遠い場所に落ちるし、初心者じゃ脱出はまず無理だろう」
パーティメンバーがざわつく。
「言われなきゃ分からないわね」
「つーか、これ知ってなきゃ無理だろ」
「こんな罠が他にもあるの?」
「そうだ。ベテランの冒険者が優れているのは、剣や魔法が優れているからだけじゃない。どこに何があるかを知っているだけで大きな差になる。はっきり言って俺じゃあ、キャリーには剣で勝てないし、ジーナのように魔法も使えるわけじゃない。それでも、ダンジョンの第6層までは行ったことがある」
周囲の目つきが変わる。多少なりとも敬意のようなものを含んでいる感じだ。それをぶち壊すキャリーの冷めた声が響く。ちなみに先日、キャリーの強い意向でギルド長の立会いの下、練習用の剣を使って模擬戦をした。結果は俺のボロ負け。
「でも、それって強いメンバーに連れて行ってもらったってだけじゃない」
「それがどうした?」
俺の返事にキャリーは面食らう。
「俺は戦闘職じゃない。罠を探知して、宝箱の鍵を開けるのが仕事だからな。試しに聞くが、お前たちを第6層まで連れて行ってくれる知り合いはいるか?」
ちょっと意地悪な口調になったかもしれない。キャリーは唇を噛んでいる。
「居ないわね……」
「そういうことだ。まあ誰だって最初は初心者だったんだ。モンスターも脅威だが、自分の相手が何者なのかを知っているかどうかが生死を分けることだってある。さっき俺が魔法にかからなかったのだって、魔法を使う奴がいると知っていたから心の準備ができたわけだ。さあ、講義が長くなった。先に進もう」
通路は緩い勾配で登り坂になっている。数歩進んだところで声をかけた。
「ちょっと待った」
前衛は立ち止まり足元を見まわし始める。ジーナは含み笑いをしたが黙っていた。
「ハリスさん。何も変なところは無さそうですけど……」
「仕掛けは足元だけじゃない。空中をよく見てみろ」
ジーナが杖をちょっと高く掲げる。ゆらゆらと動かすとやはりシルヴィアが最初に声を上げた。
「何か空中に透明な糸のようなものが横に張ってあります?」
「シルヴィアはなかなかいい目をしているな。ダンジョンで長生きできるだろう。その通り。この線に気づかずに通って引っ掛かると天井から滝のような水が降ってくる仕掛けだよ」
「なんか、地味っすね。兄貴」
「そう思うか? この寒いダンジョンで水に濡れたままだと物凄い勢いで体温を奪われて消耗する。最悪動けなくなることだってあるんだ。それに、ここは勾配があるだろう? 水の勢いで倒れたりしたら……流されてさっきの落とし穴にドボンだ。なかなかに手が込んでいると思わないか?」
新人たちは先ほど通ってきた通路を振り返ったり足元を見たりしている。
「ダンジョンってこんな仕掛けがうじゃうじゃあるんですか?」
「まあ、俺もいくつもダンジョンを巡ってるわけじゃないが、ここは比較的罠が多い方かもしれない」
つまり割が悪いということで敬遠されがちなわけで、俺みたいな者でも残飯あさりのような真似ができるというわけだ。
「ということで、身をかがめて通ればいい。先へ進むぞ」
俺が指し示す高さより低くなるように身長を低くして進む。シルヴィアは背が低いのでそのまま進めるが、コンバは窮屈そうにしていた。
だらだらした坂を登りきったところで左右に短く伸びる通路に出た。
「どっちで?」
「よし。ここからは自分たちで決めろ」
いつも俺が最適解を示していたのでは意味がない。
相談していたが、右に進むように決めたようだ。すぐに通路は行き止まりになり、頑丈な扉に阻まれる。俺は10歩ほど離れたところから動かない。俺の顔を伺うが、俺は無言を貫いた。さて、このひよっこどもはどうするのか、お手並み拝見と行こうじゃないか。
ジーナも俺の側によってくる。
「ここはスカウトの出番だと思うけど?」
「まあな。だが、スカウトは今や数が少ないから、第1層ぐらいなら力技で突破することも必要だろう。縁起でもないが、スカウトが瀕死のことだってあるだろうし」
「厳しい先生は嫌われるわよ」
「優しくして訃報を聞くよりはいい」
俺は声を潜める。
「ジーナ。お前、こっちに来たのはヒントを与えるつもりだろ?」
ジーナはニヤッと笑う。
「なんのことかしら? 魔法士が瀕死のことだってあるでしょう?」
明かりが遠のいてしまったので、コンバが松明を取り出して火を点け周囲を照らしていた。コンバが腕を動かすと急にボボボと火が揺らいで消えそうになる。
「ねえ。変じゃない?」
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