第27話 新人育成

 ギルドに着いてみると騎士団が入口を見張っているなんてことはなくすんなりと中に入れた。カウンターで声をかけると聞きなれた声で返事がある。

「すいません。ちょっと待っててください」

 しばらくするとジョナサンが奥から出てきた。


「ハリスさん。お帰りなさい」

 俺は受領証を渡す。

「確かに。それで、気持ち程度ですけど報酬に銅貨5枚上乗せさせてもらいますね。今日はどれくらいお持ちになります?」


「金の出し入れできるのか?」

「さすが耳が早いですね。大丈夫ですよ。うちは一応国営ですし、念のために確認しているだけですから」

 俺は奥を指さす。


「ええ。騎士団づきの会計検査官がいま調査中です。でも、銀貨までなら大丈夫ですから」

「それじゃあ、銅貨で35枚頼む」

「はい。どうぞ。それから、コンバさんに何か伝言ありますか?」

 微妙な沈黙が訪れる。


「あれ? さっきコンバさんが来て、ハリスさんが来たら伝言聞いておいて欲しいって頼まれたんですけど。なんか当面は固定パーティ組むって」

 あの野郎、何勝手なこと言ってやがるんだ。

「でもスカウトがリーダーのパーティって珍しいですね。あ、いえ、ハリスさんはベテランですし不思議でもないですけど」


「そうだろ? クラスも違うし、前衛で入るのに他にいいパーティあるなら紹介してやってくれないか?」

 ジョナサンは難しそうな顔をする。

「オーリス隊もシノーブ隊も空きがないですからね。コンバさんだとレベルが違いすぎますし。他は固定パーティと呼べそうなの無いんですよ。ギルド長からも、新入りの育成をなんとかしなきゃって言われてるんですけどねえ」


 よほどのことが無ければ、新入りなんか抱えたくない。特にダンジョンに潜るならなおさらだ。間違いなくお荷物になるし、いつもより浅いところで活動することになる。つまり収入が目減りするってことだ。何かの事情で欠員が出れば補充はあるが、あの両隊ぐらいになると新人は歓迎しないだろう。


「この間、全滅したパーティだって誰かが指導すればあんなふうにはならなかったと思うんですよね。遺族の方は大変みたいです。アーチャーのトマスさんところは特に。まだお子さん小さいらしいんですよ。そうだ。ハリスさんが新人の面倒みませんか? 魔法使いと戦士もいるし、第1層なら残りが新人ばかりでも大丈夫でしょう? ハリスさんが居れば罠も怖くないし」


 ジョナサンは自分の思い付きに興奮している。俺はカウンターに片肘を乗せると頬杖を突く。

「なあ、せっかくのアイデアだが、俺の意志はどうなるんだ? 第1層なんて、俺一人で潜って宝箱漁れるのにわざわざ分け前が減ることをするなんてやってられないぜ」


「ダンジョンからの収入は全部ハリスさん達3人のものって条件ならどうです?」

 俺は我慢ができなくなって笑いだした。

「第1層で出て来るものでも新人にとってはデカい稼ぎだ。いくら新人でもタダ働きでいいなんて奴がいたらお目にかかりたいぜ」


 ジョナサンは真面目な顔をする。

「じゃあ、その条件なら引き受けてもらえるってことでいいですね」

「いや、俺は良くても、他の二人の意見だってあるだろ?」

「ハリスさんから言えば断らないんじゃないですかねえ。なんて言ったって命の恩人ですし」


「まあ、そうかもしれないが。しかし、本当に人材不足なんだな」

「そうなんです。戦闘職のベテランは軍に引き抜かれちゃいますしね。新人だけだとこの間みたいな事故になっちゃうし。それじゃあ、近いうちに連絡しますから、よろしくお願いしますね」


「おい、おい。本気かよ?」

「本気です。前から新人育成隊の話は出てたんですけど適任者がいないって話になってたんですよ。リーダーは戦士に限るなんて固定観念にとらわれすぎてました」

 にこやかに笑うジョナサン。なんかはめられた気もする。


「別に第1層なら他の人間でもいいだろ。それこそ、ゾーイにデニスあたりをつけてやりゃいいじゃねえか。ゾーイの縁者ってのは元冒険者だろ?」

「よくご存じですね。確かにムーアさんは元魔法士で、ゾーイさんの叔父さんにあたります。引退して今は貸家を何軒かやられてますけど」


「だろ? だったら、そいつらに頼めばいいじゃねえか?」

 そして全滅してくれりゃあなお良しと考えていたら、ジョナサンはうっすらと笑った。

「まあ、私も立場上、言えないことがあるんですよ。ハリスさんもお分かりでしょ?」


「まあ、いいや。とりあえず、一旦口にした以上は1回だけは面倒をみてやるよ。そんなもの好きはあまり居ないと思うがな。もし、メンバーが集まったら声をかけてくれ」

「分かりました。そうそう、これギルド長からです」


 ジョナサンは紙袋を手渡してくる。

「余り物で申し訳ないが、あれほど気に入っているようなので、との伝言です」

 中をのぞくと、先日貰った菓子と同じものが入っていた。そんなに気に入ったなんて話をした覚えが無いが。


「ああ。ティアナちゃんへとのことです。数日前にジーナさんが転居の手続きに見えた時に、一緒について来られて、ギルド長とあのお菓子の話で大いに盛り上がったんですよ」

「は?」


 俺だってギルド長とそんな世間話をしたことはねえぞ。ティアナのやつ、失礼なことをしてなきゃいいけど。この町の執政官に次いで2番目に偉い人相手に何をしゃべったんだ? 俺は紙袋を抱えながらジョナサンの動く口元をぼんやりと眺めていた。

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